第二次大戦の終因となった原爆も結局は大先生の摂理を早める為のものとなった。16才に使命を継承され25才までの9年間の内的路程は単に啓示によって得られた(?)ではなく、かえってイエス様がそうであられる様に天的秘密を知らされない中、ある時は川辺を歩きつつ、又、岩に座し(?)野を彷い、手から血が流れるほど岩をたたいて、涙に祈られ使命を果される為に闘われた。そういうたたかいの中で時には、イエス様、孔子、釈迦、ソクラテスに会う過程もあったとおっしゃられている。大先生は日本に来られた時、創造原理をいかにして説かれたかを教えてあげようといって語りはじめられた。「神あらば、神の目的は?」途中で(?)められようとおっしゃられ。大先生のお顔には何か暗い影のすぎるのを見られた。み言を復帰する為には、そのたたかいは想像以上に厳しかったのである。大先生は、もし君たちがサタンと闘えば、骨まで砕かれるであろう。」と、又、「もし、私の苦難の数々を誰(?)(?)知り得らない。その人の心はショックのあまり死に及ぶであろう。誰れといえども、この話を聞き耐える事ができない。」とおっしゃられた。そして「私はたたかった」と一言、その言葉の奥にどんな深い御苦しみが秘められているのか計り知れない。サタンの全勢力が動員して大先生に向ってきた。サタンは神の心情、復帰の目的、更に罪の根についてだけは、絶対に知られたくなかった。故にサタンは必死になって抵抗した。大先生は血みどろの死闘をくり返されて堕落を説くのには10年経られたといわれる。「神とは何か?・・・人間とは?・・・それは親子である。神と人間の関係を断絶させたのは何か?・・・サタンとは?・・・サタンは何故存在するのか?・・・神は何故悪の存在を許すのか?・・・」この様にしてサタンがアダムとエバの時奪ったみ言を復帰して、サタンを打たれ血みどろの闘いの中から勝ち取られたものなのである。大先生がみ言を天に示された時、「それは違う!」と霊界あげて反対した。その先頭にはイエス様が立っておられた。しかし、大先生は「これ以外には心理はあり得ない!」と言って譲らなかった。大先生が40日断食条件と山の(?)(?)で終えられると全霊界は大先生の前にひれ伏した。この日から全霊界は大先生の命令に従うようになった。この時イエス様は天使長の立場に立っていた。ヤコブを天使がヤボクに戦って勝利したが、大先生はイエス様と闘って勝利者となられたのである。1945年8月15日 第2次大戦終戦と同時に韓国には光復節(7月7日)と切する。これは40年間の異国からの主管から解放され、再臨主は長成期的基台を(?)(?)され、ヤコブが天使に勝利し次にエソウと闘った如く、大先生は第二次摂理に出発なされた。地上界を中心とする摂理であった。全歴史の唯一の目的は地上にキリストを迎る事であった。帰国後霊的に示されてある女性(メシヤを待ち望んでいたクリスチャンであった)成聖を申し込む為に訪ねて行かれた。しかしその女性の兄が憤って「何故、妹を訪ねて来たか」といわれたので、大先生は憤って帰って行くと、その後から雪の中を黙ってついて来られた。その女性と成婚された。(26才の時)
時代がもどるが1944年第二次大戦が勃発し摂理は(?)(?)し李承晩が原理を聞く機会が訪れていた。彼が原理を受け入れたならば、韓国はメシヤ国家となり韓国の運命は好転し、少くとも韓国に共産主義などなくなって摂理は14年先に進んでいたはずである。その時のヨハネ的使命者は二人の牧師であった。又、(?)(?)的ヨハネは(?)(?)(?)であった。大先生は金百文の弟子に入られ心を込めて尽された。その時、金百文に属するキリスト教は大先生を受け入れなければならなかった。そうすれば 韓 英 支の一体化のもとに南北統一ができたはずであった。結局はこの二人の牧師の反逆により李承晩(カソリック信者)はみ言を学べず政府の要人もみな反逆の立場をとり、善なる運動を背負った摂理が日本に移ってしまった。終戦により、日本はエバ国家として成長する。かつてキリスト教王国時代にチャールス大帝とレオ三世が実体基台をつくるべきであった。もし失敗しなかったなら七年間で現在の摂理まで(?)(?)していたはずなのである。このような出来事の数により、かえって洗礼ヨハネが失敗したため、イエス様の苦難が始まったことを、大先生は苦難の路程とに出発しなければならなかった。神にとってそれ程苦しい悲しい事はなかった。が、これが後に人類が大先生を拝める結果となる事を知っておられたので苦労の道を許されたのである。エソウがヤコブに屈服していれば21年の苦役は不要であった。キリスト教の失敗により大先生はヤコブ路程の出発として、ハランの地である北韓へ向わざるを得なかった。
1946年6月、北韓へ出発される。この時から大先生の第一次七年路程が始まる。当時、北から300万人の人が南へと逃げてきた。大先生は成婚されていて、聖進様がお生まれになって七日目の時であった。キリスト教者の不信仰の故に家庭をもすてて行かざるを得なかったのである。理由を語る事も出来ず、お米を買いに行くといって二度と愛する妻、子女様の前に帰らなかった。アベルの子女とを愛する前にカインの子女を愛さねばならない故に、大先生は「私が出発したのは27才の時だなあ、あの時は霊界が真暗だった。」とおっしゃられた。
1946年6月6日 平壌に教会成立。平壌は宗教くさい街といわれる程キリスト者が多かった。金日成は宗教迫害を初めていたので抵抗の少い「聖書講義」を始められた。盛んに霊界からの協助があり、光に導かれて山の上に行ってみると大先生を囲んで多くの人が聖書講義を聞いている。南から来られた和解素晴らしい青年の先生がいらっしゃるというので多くの婦人が集い霊能者も「再臨主」が来るという啓示をうけて集って来ていた。その中の一人の婦人から「真理と神霊で礼拝をしている」という紹介表があるから行ってみませんかとさそわれて行ったのが金元弼先生であった。当時18才であった。終戦前後は日本の植民地下にあった為、韓国語が使えなかった。しかし教会の聖書のみ韓国語になっていたため、マ字を習うのに教会へ通っていた。そうしているうちに自然に信仰の道へ心から引かれて次第に民族意識が燃え上がって来た。そんな状態下にある時、婦人(小宮山さんの奥さんのお母さん)にさそわれて行ってみた。その時の大先生の印象は慈悲深くあふれ、やさしく、ほっそりしておられた。その時、大先生は簡単に、創造原理、堕落論、復帰原理を証された。「聞きたい事は何でも聞いてごらん」とおっしゃられた。金元弼はただ「お父様」という関係でカインの立場(?)黙々とついて来られた。投書「あの男は日本から来たスパイである。」
(つづく)
時代がもどるが1944年第二次大戦が勃発し摂理は(?)(?)し李承晩が原理を聞く機会が訪れていた。彼が原理を受け入れたならば、韓国はメシヤ国家となり韓国の運命は好転し、少くとも韓国に共産主義などなくなって摂理は14年先に進んでいたはずである。その時のヨハネ的使命者は二人の牧師であった。又、(?)(?)的ヨハネは(?)(?)(?)であった。大先生は金百文の弟子に入られ心を込めて尽された。その時、金百文に属するキリスト教は大先生を受け入れなければならなかった。そうすれば 韓 英 支の一体化のもとに南北統一ができたはずであった。結局はこの二人の牧師の反逆により李承晩(カソリック信者)はみ言を学べず政府の要人もみな反逆の立場をとり、善なる運動を背負った摂理が日本に移ってしまった。終戦により、日本はエバ国家として成長する。かつてキリスト教王国時代にチャールス大帝とレオ三世が実体基台をつくるべきであった。もし失敗しなかったなら七年間で現在の摂理まで(?)(?)していたはずなのである。このような出来事の数により、かえって洗礼ヨハネが失敗したため、イエス様の苦難が始まったことを、大先生は苦難の路程とに出発しなければならなかった。神にとってそれ程苦しい悲しい事はなかった。が、これが後に人類が大先生を拝める結果となる事を知っておられたので苦労の道を許されたのである。エソウがヤコブに屈服していれば21年の苦役は不要であった。キリスト教の失敗により大先生はヤコブ路程の出発として、ハランの地である北韓へ向わざるを得なかった。
1946年6月、北韓へ出発される。この時から大先生の第一次七年路程が始まる。当時、北から300万人の人が南へと逃げてきた。大先生は成婚されていて、聖進様がお生まれになって七日目の時であった。キリスト教者の不信仰の故に家庭をもすてて行かざるを得なかったのである。理由を語る事も出来ず、お米を買いに行くといって二度と愛する妻、子女様の前に帰らなかった。アベルの子女とを愛する前にカインの子女を愛さねばならない故に、大先生は「私が出発したのは27才の時だなあ、あの時は霊界が真暗だった。」とおっしゃられた。
1946年6月6日 平壌に教会成立。平壌は宗教くさい街といわれる程キリスト者が多かった。金日成は宗教迫害を初めていたので抵抗の少い「聖書講義」を始められた。盛んに霊界からの協助があり、光に導かれて山の上に行ってみると大先生を囲んで多くの人が聖書講義を聞いている。南から来られた和解素晴らしい青年の先生がいらっしゃるというので多くの婦人が集い霊能者も「再臨主」が来るという啓示をうけて集って来ていた。その中の一人の婦人から「真理と神霊で礼拝をしている」という紹介表があるから行ってみませんかとさそわれて行ったのが金元弼先生であった。当時18才であった。終戦前後は日本の植民地下にあった為、韓国語が使えなかった。しかし教会の聖書のみ韓国語になっていたため、マ字を習うのに教会へ通っていた。そうしているうちに自然に信仰の道へ心から引かれて次第に民族意識が燃え上がって来た。そんな状態下にある時、婦人(小宮山さんの奥さんのお母さん)にさそわれて行ってみた。その時の大先生の印象は慈悲深くあふれ、やさしく、ほっそりしておられた。その時、大先生は簡単に、創造原理、堕落論、復帰原理を証された。「聞きたい事は何でも聞いてごらん」とおっしゃられた。金元弼はただ「お父様」という関係でカインの立場(?)黙々とついて来られた。投書「あの男は日本から来たスパイである。」
(つづく)