前回は「言語と言葉」
そして今回は「音と音楽」についての思索をまとめてみようと思います。
興味深い記事があって、それは4つのパターンによる「音」を健聴者に聴いてもらい、それが「音」なのか「音楽」なのかを判断してもらう。と言うもの。
4者それぞれが違った判断をしたそうです。
鳥の鳴き声を「メロディ」つまり音楽だと判断する人もいるし、鳴き声は「音」だと言う人も居る。
何だか掴めないような音の集合体の「音」もありました。
私は音楽には聴こえなかったけど、それを「音楽」と判断された方もいらっしゃいました。
音と音楽の違いは何だろう。。
音楽に「楽」と言う漢字があるように、快・不快の感じ方で「音」と「音楽」の判断をしていることもあるのではないでしょうか。
音は素材でありのまま。
そして音楽は個々人の「概念」ではないかと。
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この空間にも『音』は存在していますね。
なぜこのテーマを思索していたかと言うと私自身が聴力が弱く、年々音楽のリズムを取りにくくなっていってるからです。
音楽が聞こえても、それが皆さんのように「音楽」と認識ができなくなったのですね。これが何なのかを知りたかった。
大まかに4類の聴力の捉え方があります。
「ろう者」「中途失聴者」「難聴者」「健聴者」
「ろう者」には言葉を発して口話ができる人と、先天的なろう者(口話ができない)に分かれます。
私もつい最近知ったのですが、生まれつき耳が聞こえない(またはわずかに聴力がある)ろう者は「音楽」というものがそもそも無いのだそうです。全てが「音」なのだそうです。
中途失聴者である私が年々音楽のリズムを取り難くなっていってる理由は「音楽は音になっていっている」のだとわかりました。
この経過は少し寂しくも感じるけれど、20年弱ダンスをして体の中に記録された「リズム」があることが幸いです。
音楽を感じられること
楽器を奏でられることは本当に素晴らしいことですね。
私たちはどれだけの「音」を「音楽」として楽しむことができるでしょうか。
この先、どんなふうに聴力がなくなっていくのかわからないけれど
たくさんの音や音楽に触れていきたいと思います。
