年末年始からずっと思索をしていたことを記録します。
今回は「言語と言葉」について
「言語」は
一般的には国や地域によって異なる言葉の種別と解釈して使われるもの。意思の伝達手段。
Wikipediaでは「声による記号の体系」とも表記されており、これはこれでおもしろい。
ちなみに手話は『視覚言語』という部類に入るらしい。
「言葉」は
意思やの伝達、コミュニケーションなど意味を持ったもの。
「言葉」は口から発せられたり、文章として表したりすることができる。
感じたことや無形のイメージなどを具体化するときにも言葉が使われます。
「言葉は道具だ」と例えられるのはその言葉の使い方で相手を傷つけたりもするし、癒したり慰めたり、気づきにつなげることもできるからなのでしょうね。
そしてふと、思ったのは
文化や風習が違うということは、その単語の捉え方も違うということ。
例えば日本では「雅(みやび)」と言う言葉があります。
奥ゆかしさを美としたり、あえて語らない「含み」
といったことをしない国もあります。
翻訳したとしても、それはもう大元の意味や精神性とは違ったものになっている。
真似はできたとしても
そのスピリットで「在る」「成る」には並大抵のことではないですね。
あとは精神性や価値観のちがいでも
言葉や文章の捉え方は違ってきます。
表面的な交流だけならまだしも
深いところで伝えたり分かり合うためには、言葉には限界があるんだなぁ、って。
今すごい速さで、この「言語」と「言葉」のAI技術が進んでいます。
新しい言葉が生まれ、使われなくなる言葉は消え、そして手段である「言語」も、新たなものになっていくでしょう。
AIが全世界の翻訳ツールとして日常化するなら、世界共通の言語がうまれるのではないでしょうか。
2023年冬至点翌日の朝陽です。
室戸の地にて。
最後に
ヴィパッサナーの「聖なる八つの道」のうち『正しい言葉』より
正しい言葉を話す人のことを、ブッダは次のように説明しています。
本当のことを話し、その真実性、信憑性、信頼性が高く、裏表がない。
その人は言い争いを収め、仲直りをさせる。和合を喜び、調和を求め、自分の言葉でなごやかな雰囲気を作る。話し方は優しく、耳に心地よく、親切で、心温まり、節度があり、もっともであり、多くの人がその話を聞いて喜ぶ。
また、話すタイミングが良く、事実に即しており、役に立ち、ダンマの戒律に従う。その言葉は覚えておく価値があり、時とところをわきまえており、つじつまが合い、上手に選ばれており、前向きである。
