証券会社の朝は早く、夜は遅い、セブンイレブン(朝7時から夜11時まで)と言われるような生活でした。
ルイヴィトンのバッグと日経新聞を手にして出勤、残業は当たり前、その後に同僚や先輩方と飲みに行く事もしばしば。
先輩方に、学生時代には縁の無かったようなお店に連れて行ってもらえるのは楽しかったです。
帰宅すると、お風呂に入って眠り、すぐに朝が来る。
よく働き、よく遊ぶ毎日。
若かったですね。
何も分からずに飛び込んだ世界でしたが、今でも感謝しているのは、ビジネスマナーを徹底的に叩き込まれた事。
それはそうですよね。
二十歳そこそこの娘が高額な金銭を扱うのですから、お客様に信用されなくてはお仕事になりません。
金融機関の社員教育は厳しかったのだなと、数年後に転職した先で実感しました。
ひたすら数字に追われる毎日、男性も女性も、転職して行く人も多く、離職率はとても高かったです。
女性の先輩方は、結婚が決まると当たり前のように退職して行き、私が25歳を目前にした頃には、女性の先輩方はほぼ退職し、リーダーの立場になっていました。
バブルが弾け、証券業界への風当たりが強くなっても、仕事をしていなければ会えないような幅広い年代や職業のお客様と接する毎日は、充実しているように思えました。
一方で、常に数字と結果を出すことに追われる日々。
達成感は一瞬で、毎日がまた同じことの繰り返し。
いつしか咳が止まらなくなり、微熱が下がらず、薬をどんどん強くしていっても一向に症状が改善しなくなっていました。
医師には「ゆっくり休まないと治らないよ」と言われても、人員が不足していて会社を休めない。
体調はますます悪化して行く。
八方塞がり、限界でした。
まだ歳若い次期リーダーと新入社員をある程度育てた後、ようやく退職が認められた私は、20代最後の歳を目前にしていました。
順風満帆|Pro-OL(プロ-オーエル)戦略室
天沢順子

