本日もフィリピンよりお届けします

Yukakoです

 

 

マニラ最終日、

今日は日本の旅行会社主催の

マニラのシティー・ツアーに申し込んでありました。

 

 

 

今日の夜10時半の飛行機でシアトルに帰るので

 

  • 私のスーツケースを車の中に置いておいて欲しい
  • ツアーの後ホテルではなく空港まで送って欲しい

 

旨は事前に交渉済み

なので、ちゃんとしてる(と思ってる)日本の会社のツアーしか考えてなかったです。

 

 

こちらも

他に参加者がいなければ2人分のツアー代を払うという条件で

申し込んでありましが、

 

 

スーツケースを見ていてもらって、

なおかつ空港まで連れてってもらえるんだったら

 

 

それもしょうがないと同意しましたが、

 

 

二人組の女の子(25歳くらい?)と

一人で旅されてる、私よりちょっと年下かも(?)ぐらいの男性一人

 

と一緒でしたのでツアー代は1人分

 

良かったラブ

 

 

女の子達、

3泊5日の旅でマニラだけって。。。。

 

普通セブ島とかに行かない??

しかも3泊目の今晩は午前1時半ピックアップで空港に向かうって

3泊目と数えていいのか??

 

 

昨日のツアーで水牛見ましたって言ってたので

 

私はボホール島でメガネ猿見ましたって写真見せてあげたら

”可愛い〜”

って言ってたけど

 

同じ3泊5日でもセブ島だったら君達もメガネ猿に会いに行けたんだけどね。

 

 

フィリピンの国旗の意味は

 

  • 青は愛国心
  • 赤は勇気
  • 白は平和

 

だけど

戦争になると上下を逆にして赤が上になるように法律で決められてるそうです。

 

 

なんか怖っ

 

時計台がある場所がマニラのど真ん中だそうです

 

最初に行ったのが

フィリピン独立の英雄ホセ・リサールゆかりのリサール公園

 

全然予習してなかった私は

ホセ・リサールが誰かなのかすら知らなかったよ。

 

公園は衛兵に24時間守られた記念碑がありマニラ市民の憩いの場となっています。

 

 

スペイン統治時代、フィリピンの国民的英雄「ホセ・リサール」が処刑された場所で、

 

なーんか

話を聞けば聞くほど

 

無実の罪で捕まって、

ごめんなさいって謝ってたら処刑されることもなかったって。。。。。。

 

 

 

 

何が正解で、何が正解じゃないか。。。。

 

まあ昔の事だし、昔の考え方ってはてなマークはてなマークはてなマーク

 

 

だからこそ

 

”英雄”と呼ばれる人なんでしょうけど

 

 

彼の人生(35歳で亡くなってるのでそんなに長くないけど)

を記した壁

 

  • お医者さんで
  • アーティストで
  • 何か国語を話し
  • しかも革命家

 

国民のリーダーになるべくして生まれてきた人なのね

 

 

銃でホセを狙ってるのはフィリピン人

後ろでその人たちを見てるのはスペイン人

 

右側にいる犬はホセが飼ってた犬だって泣

 

誰の銃に弾が入ってたのかはいまだにわからないとガイドさんは言ってました。

 


そして

城郭都市イントラムロスへ

 

まずは今回の私の旅、唯一の世界遺産

サンアグスティン教会

 

約400年前に建設された教会で、内部の細かい作り、バロック建築のインテリアやシャンデリア、壁画が素晴らしい。。。。。。

 

 

はずだったんだけど

日曜日のミサ前で、中に入れてもらえなかった

 

まだ始まってないのに滝汗

 

 

こちらは400年前オリジナルの教会の鐘だそうです。

 

 

スペイン統治時代やアメリカ統治時代の歴史を感じさせる建物

を散歩して

 

 

 

 

 

 

 

 

次は

マニラ大聖堂

 

こちらは何度も建て直されているので世界遺産ではありません。

ローマ教皇が訪れたこともあるそうで、多くの観光客と地元の信者にとって人気のスポット。

 

ここで結婚式を挙げるのはカソリック信者の夢だそうで、

ウェイティングリストは1年にも及ぶそう

 

 

後で聞いたら

同僚のSちゃんの弟はここで結婚式を挙げたそうで、

やっぱり一年待ったんだってさ

 

 

 

 

今日のガイドさんも

日本語ができるフィリピン人の方で、

もちろんカソリック信者

 

 

その人が、

ここには何人もの神様が祀られていて、

そのうちの一人は

 

高山右近さん

 

ですって、知ってて当たり前の感じで言うから。。。

 

 

”それ誰?”って聞けなかった私滝汗

 

 

家康からキリシタン国外追放令を受けてマニラに送られたんだけど

マニラ到着40日目で亡くなったそう

 

 

 

プラザ・ローマは

スペイン統治時代からある広場で、当時はマヨール広場(Plaza Mayor of Manila)と呼ばれていましたがアメリカ統治時代にはプラザ・マッキンリー(Plaza McKinley)と改名されました。現在の名前になったのは、 ルフィーノ・サントスがフィリピン人初の枢機卿としてカトリック教会の枢機卿団に昇格した1961年だそう

 

 

 

サンチャゴ要塞へ

 

もとは海賊を防ぐために建てられたものですがスペイン統治時代に城壁化され、アメリカや日本軍も占拠していたことがあります。地下牢にはフィリピンの英雄ホセ・リサールが処刑前に幽閉されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 
中に入ったら、
第二次世界大戦中に

日本軍が攻めてきたときに逃げ込んだ洞窟と書いてある看板を見てドッキリ叫び

 

 

全然忘れてたけど

フィリピンと日本は戦争で戦ってたんだよね

 

周りの人に日本人と気が付かれないように

そ〜っと洞窟を去りますドンッ

 

 

 

敷地内にはホセ・リサール記念博物館があって

ホセが処刑前まで暮らしていたところが見れます。

 

 

 

彼が使ってた机や洋服

当時描かれた絵画などが展示されています

 

彼が書いた日本ぽい絵が飾ってありましたが、

日本にも2回行ったことがあって、

 

その時にホセさんを好きになった女性が

フィリピンまで会いに来たそうですが、

 

彼は牢獄に入れられていた彼には会えなかったんだって泣

 

 

直筆の最後の手紙

 

隣の鍋みたいのに隠しておいたので

こうやって残ってるけど、

そのまま机の上とかに置いたままだったら

きっと処分されて残ってなかっただろうとのこと

 

 

アイルランド人の彼女がいたそうですがウインク

小柄なホセさん

 

image

 

要塞内をうろうろしてた制服姿の人達、

 

大学生のアルバイトでしょってガイドさんが言ってた笑

 

私の息子もこのアルバイトしてます〜だって

 

 

ガイドさんと一緒にパチリカメラ

 

 

ホセ以外にも何人か英雄がいて、

ここはフィリピン革命の父ボニファシオのモニュメント下矢印

 

この人もスペインからの独立を目指してた人だそうです

 

 

聞かずにはいられなかった

 

KKK

 

の意味は

 

タガログ語の文の省略で

私(やあなた)が考えてるKKKとは違う意味だそうです滝汗

 

 

その目の前に位置するマニラ市役所とマニラ時計台

 

1930年代に建てられた六角形の時計台で、1日に3回の鐘とメロディ、クリスマスには賛美歌も流されるそうです。

 

 

マニラは

 

マイニラ(Maynila)(ニラはタガログ語で”ところ”なので(マイ)ニラ)

と呼ばれてたの

 

が変化してマニラになったそう

 

 

そしてチャイナタウンへ

 

 

 

 

 

ここでお昼だったんですが、

私はランチなしでツアー申し込んでありました。

 

一応どんなレストランか見たかったんで

一緒に行ったんですが

 

どうみても高そうな中華料理のお店

 

 

フィリピンの旅は

毎日朝からご飯と焼きそばが出てくるくらいでしたから

 

そんなのアジア系の食事が恋しいわけでもなく

 

 

どこか他で食事しますと

外に出ました。

 

 

チャイナタウンの割にはレストランが全然少ないなあ〜

とは思ったんだけど、

 

でっかい教会の前にマクドナルドを見つけて

入ることに

 

 

噂で聞いていた

ご飯とおかず(フィッシュ・ケーキ)セットを頼みました。

 

氷入りで来るのがわかってたので

飲み物はいらなかったんだけど

機械でオーダーしてくださいと言われちゃって

ドリンクなしのオプションがわからずそのままに

 

飲みませんでした。

今晩帰るとは言え、

 

かなり食べるものに気を使った今回の旅

最後まで気を抜きません

お腹壊すと楽しい旅も辛い旅に変わります。

 

 

デザートも頼んで合計130ペソ(2.2ドル)

 

 

後で、ランチ付きで申し込んであった男性のランチ代が

2000ペソ(35ドル)ポーンだったと聞き、

 

 

今まで彼とは全然喋ってなかったですが

 

”何食べたんですか?”

 

 

と聞かずにはいられませんでしたゲッソリ

 

 

彼の写真見た限りでは

そんなに美味しそうに見えなかったし

デザートの杏仁豆腐が美味しくなかったって文句言ってました真顔

 

私のマクフラッフィーのデザートは美味しかったのに

 

 

 

 

そしてランチの後にみんなで行ったのが

 

 

ビノンド教会 (聖ロレンツォ・ルイス小聖堂)

 

この教会はチャイナタウンの入り口に位置し、1596年にフィリピンに住む中国人カトリック信者のために建てられました。正式名称は「聖ロレンツォ・ルイス小聖堂」、フィリピンで初めてカトリックの殉教者として列聖された聖ロレンツォ・ルイスを記念するために名付けられました。 聖ロレンツォ・ルイスは、1637年に江戸幕府により長崎にて処刑されました。 同年1637年には「島原の乱」が起きており、ロレンツォ・ルイスは、乱の参加者ではなかったものの、彼が殉教した背景には、江戸幕府による島原の乱の前後におけるキリシタンへの弾圧や、厳しい宗教政策が影響していることがうかがえます。

 

 

この教会の入口に

Marriage Bann

と書かれた場所にカップルの写真が。。。。

 

何かと思ったら、

 

離婚が許されないカソリック教

ここで結婚式をするカップルの写真を事前に2週間貼っておき

 

その間に

 

この人隣町で私のいとこと結婚してた!なんて

 

人がいないように期間をもつんだそうです滝汗

 

 

これも聞かずにはいられなかったけど、

実際は弁護士を立てて離婚する人もいるそうですが、

この2週間でそういうのがバレたほうが

後で弁護士に高いお金出す必要もないしねニヤリ

 

 

ここにもキューピーちゃんの飾りつけが。。。。

 

 

 

 

その後

みんなでチャイナタウンを散歩

 

私はてっきり

ツアーがランチに連れて行ったレストランがあって、チャイナタウンへの門に

近いところがチャイナタウンと思って

うろうろしてましたが、

 

これが違った!

 

どうもレストランとか少ないなあ〜

と思ってたら

 

奥に行くと

ものすごい人混みで

 

お店もレストランもいっぱいありましたチーン

 

残念、早く気がついていればびっくりマーク

 

 

お店の前に列ができてたのはだいたい

 

焼き小籠包のお店

 

 

これはチャイナタウンだけでなくいろんな所で見ましたが

どうもお菓子らしい

 

 

これはチーズだって

 

 

もちろんプロデュースの出店も美味しそう

 

 

ワタシ的には楽しかったですが、

 

バックパックを前に持ってもやっぱり人混みが心配

 

 

雨も降ってきたので

車に戻りました

 


車に戻ったのはいいけど、

人が多すぎて車も前に進まず

 

次の

キアポ教会 (マイナー・バシリカ・オブ・ザ・ブラック・ナザリーン)

まで来たんだけど

 

 

とにかくすごい車と教会の前に並んでる人の量で

ここで降りて中に入る予定だったのに

 

車を駐車しておくところがないので

私達を降ろしてまた車が戻ってこないといけないことを考えると

時間が予測できないと言われ

 

泣く泣く諦めることに

 

 

この私がしょうがないと思うくらいな

車の量と想像してください真顔


 

 

この教会は

フィリピンで最も歴史のある教会の一つで

 

その最大の理由は、飾られているブラックナザレは触れるだけでケガや病気を治すなど数え切れないほどの奇跡を起こしたと信じられているからです。

 

毎年1月9日にはブラックナザレの饗宴が祝われ、何百万もの人々がこのブラックナザレ像に触れてご利益を得ようとお祭りに参加します。そのため毎年けが人が絶えないフィリピン最大の祭りの一つとなっているそうだけど、

 

私がツアーしたのは12日だから

お祭りがあったばっかりだったんだね。

 

 

次に行ったのが

 

マラカニアン宮殿(フィリピン大統領官邸)

 

 

最近のフィリピン大統領関係のニュースを見てもわかるように

昔は中にも入れたそうだけど、

 

あんまり安定してないフィリピンの閣僚たちのおかげで中に入れず

今日は外観のみ

 

 

そのかわり

隣に位置している

大統領博物館を見学しました

 

 

これが結構面白かった!

 

女の子二人組は若すぎてイメルダさんを知らないんだってびっくり

 

 

女性大統領のコラソン・アキノさん

 

この人の話も映画みたいだったよね〜

これも女子二人組は知りませんチーン

 

 

マルコスお父さんとイメルダさんは

交際期間数週間で結婚したそう

 

ミス・マニラで若い頃は美しかったイメルダさんに

一目惚れしたマルコスさんが猛アタックして結婚したんだって

 

なので

イメルダさんが靴欲しいって言ったら

何足でも買ってあげちゃうわけだ〜

 

 

 

マルコス息子君が今の大統領だけど、

 

ガイドさん達に

副大統領とのいさかい話を聞いてみた

 

フィリピンの人は、いったい

どっちの味方なの?

 

大統領?

 

副大統領?

 

 

誰が見たって、

この二人仲が悪いのは言うまでもないけど

 

たぶん

副大統領が嘘付いてるんじゃない?

 

っていう意見が多かったような。。。

 

 

 

副大統領が殺し屋を雇って自分が殺された場合は

マルコス大統領らを殺すように命じたって。。。。

 

 

ゲッソリゲッソリゲッソリ

 

 

映画の中の話みたいだけど、国の大統領と副大統領の話ですから滝汗

 

 

 

でも

この副大統領、国民には人気があって

それを本人もよくわかってるって言ってたガイドさんもいたよ

 

 

 

この人も

結構話題になったけど、

 

聞いてるところによると

結構指示している人が多かったと感じたね

 

 

そして最後は

モール・オブ・アジア

で降ろしてもらってお買い物

 

 

ここもかなりでっかいショッピングモールでしたが、

ものすごい人滝汗

 

 

私は買い物するものもないので

スーパーマーケットを見つけて

スナック菓子とかチョコレートとか買って

持ってた現金を全部使いました。

 

 

これ買ってないけど、

”抹茶”ってもう国際語になったよね〜

 

世界中どこでも

グリーンティーじゃなくて、抹茶で通じます

 

美味しそうラブラブ

 

 

フィリピンで最後に食べた食事は

モールのフードコートで

 

韓国のブルコギ丼ウインク

 

もうフィリピン料理じゃなくていいわ〜

で、これに決めました

 

 

この後

他3人をホテルまで送って

 

それから日本から到着する人を迎えにくという

ガイドさんと運転手さん、

 

だから私の空港送迎もちょうど良かったと言われてほっとしました

 

 

午後6時くらいに空港到着

早く着くのはわかってたので

 

ネットでマニラ空港にはシャワーがついてるってのを見つけて

入口でパスポートチェックしてる人に聞いたら

笑われましたチーンチーンチーン

 

 

”そんなのコロナの前の話でしょ?”

 

 

そうだよね。。。。そんなはずないよね汗汗汗

 

 

 

とりあえず

シャワー利用するつもりで着替えの服一式持ってたので

しょうがないから

立ち上がると顔が出ちゃうんじゃないかと思うくらいのドアのトイレで

着替えました泣

 

 

 

一日中

人・人・人のマニラで過ごし、

空港にやってきたけど、

 

マニラ空港でもすごい人ゲッソリゲッソリゲッソリ

 

 

だけど4時間もあるので

長い列に並んでスーツケースを預け、中に入り

スナックして、写真をFBにポストして、

家帰ったらやらないといけない事をやる時間にあてたら

 

出発までの時間、

そんなに長く感じなかったわ

(シアトルまでの飛行機の12時間は長かったですけど)

 

 

 

これで

フィリピン旅行記は終わりになりますが、

 

なんかとおーい昔のことのようになっちゃったけど、

 

この後

私の覚書のためにも

日本帰国の編を書いていきます。

 

 

それが終わったら

日本・フィリピン・そしてシアトルへ

3カ国を通した私の感想を最後に書けたらいいなあと思ってます。

 

 

 

お楽しみに〜