こんばんは。
もりやです。



自分の回りにいる人が自分を正当に評価してくれる事はほぼほぼないと思っていいと思っています。
まあそもそも正当っていう基準をどこに置くのかっていうのがかなり難しい部分ではありますから、まず微妙な話ではあるんですが。

この間も書きましたが人は結構自分に自分のリソースを割いているので、自分以外の人に対して行うことは基本的に余力でやってることなのです。
だから評価してくれる事だって要するに片手間なわけで、隅から隅まで吟味して評価を下しているわけでじゃあ無いのです。

じゃあそういう時、評価する側の人は何を吟味しているのかというと結果を評価しているわけです。
その人を知りたい時一番分かりやすいのは今まで何をしてきたのか。
余力でやってることなので、過程まではなかなか見られない。まぐれだろうとなんだろうと、とにかくこういう結果が出た⇒このくらいの結果を導ける力のある人間なんだという評価になるわけですね。

なので、某projectでは販売枚数という結果を作ってアーティストを売り出そうとしているわけです。
まあそれが実力なのかというとそこはみなさま御存知の通り、直結しているわけでもないのですがでもやっぱり評価の指標としてはわかりやすいし大事なんですね。

コレは別にアーティスト活動に限った話じゃあなくて、とにかく形としてこういうことが出来ました。出来ますっていうのは自分を評価してもらう上では大事ですね。

なのでb.FLAGはコツコツ結果を積み重ねていければと思っています。



これって考えてみると当たり前のことなんだけど、世の中当たり前を取り続けるのは結構難しいのですな。
当たり前ってのはハードモードなのです。


がんばる!


では~
はろーわーるど
もりやです。


目標って決まってないと結構人間ぼやけるものです。

一応なんとなく受験とかして高校行ってみて、取り敢えず勉強してみて成績保って、適当に大学受けて通ってみるけど結局何のためにやってるのかはわからないままだったり。

取り敢えず野菜切って肉炒めて調味料適当に入れたら美味しくも不味くもないなにかが出来たり。


到達点を意識しなくても物事を始めたり進めたりすることは出来ますが、どうしたって出来上がるものはぼんやりしたものになるのです。
結果何かに到達するならまだ良いものの、ヘタしたら雲散霧消どこに行ったかのかすら分からないような結末が待っていたりもします。
良いとか悪いとか、好きとか嫌いとかそういう次元に収まらないことも往々にしてありえます。
こうなったらもうそれはそれは大変なことで、なんで大変かって言うと今まで取り敢えずでも自分の時間と頭と体を使ってなんとなく積み上げてきたつもりの何かが実はなんにも積み上がってなかったわけですから、時間も頭も体もその他物資も全て意味のなかったものになってしまうのです。
まずい料理ならまだ腹は膨れますが、食えない料理ではカロリーは摂取できないのです。

だから何をするにも結果どうなりたいのか、どういう結果が出れば成功なのかを常に意識して行動するのが良いよねっていうのが今日の話。

自分への戒めの話でした。



もりや




どうも守谷です。



結局のところ、人は一人で生きていくのです。
周りに沢山人はいるけれど、その人達にも自分の人生があるので、その人の力はその人の為に割かなきゃいけないのです。
なので、他人だろうが肉親だろうが、自分以外に割けるエネルギーっていうのは微々たるものなのです。

要するに、どんなに人を頼ったところでその力は自分が自分を助けられる力に比べたら小さなモノなのです。


そこの辺りのバランスを勘違いしてる人が時々居て。
なんとなく、誰かがなんとかしてくれるだろうとか思ってる人とか。
他人の事を気にしすぎて自分のことがままならない人とか。

自分を大切に出来ていないから、そういうことになってしまうのです。
人を助ける前にまず自分の事をしっかり考え行動していかなければならないのです。



ちなみにこんなこと言ってるからと言って僕が完璧に実践出来ているというわけではなく、コレは僕の持論というかこうあるべきと言う理想論なのであしからず。

そりゃあ助けてくれたら楽だけど。
みんな助けて欲しいと思ってるんだぜ。



では