どうももりやです。
いろいろあって連投。
むしろなにもないからこその連投。


昔から貧乏貧乏詐欺にあってきました。我が家で。
実際貧乏だったのかどうかは知りませんが、事あるごとに諸々我慢してきました。
と言っても正直なところ全く何も買ってもらえなかったわけでもないし、どっちかといえば自由な方だったのかもしれないけれども。

まあそんなわけで、あんまりこう何かを集めたりとかしたことがないのです。

例えば今でこそ自分で働いてお金稼いでますから好きな漫画とか集めたりしてますが、小学生中学生の頃はほとんど漫画なんて持ってなくて、漫画を集められる裕福な友達の家に行って話もそこそこに漫画を読み耽るなんてことはザラでした。
その頃の悲惨なエピソードとしては、夏休み親の実家に帰るときに新幹線とかで長距離移動をするわけですが、子供ですからなかなかそんなに長い間静かにしていられませんから保護者としては何かしらの暇つぶしを用意せざるを得ません。
かと言って事前に用意しておいて移動前に飽きられたら困りますんで必然入手は乗車直前、すなわち駅のホームのキオスクとか、エキナカの小さめの書店で漫画を買うことになるわけですね。
急にそんなところに放り込まれて漫画買ってこいと言われてもどうせこういう時しか買えないのは分かってるから有名な漫画の1巻なんて買って行ったってしょうがないし、途中の巻買うなんて余計にありえない。
困った守谷少年が取った行動は、『週刊誌を買う』でした。

単行本の途中の巻どころかたくさんの漫画の途中の一話しか載ってない週刊誌を買っていた理由は、いろんな漫画が読めるからでした。
その当時ジャンプとマガジンとサンデーの区別もついて無かったし、そもそも週刊や月刊という概念も理解できて居なかったのでどれを買っていたのかは皆目検討がつきませんがとにかく週刊誌っぽいやつを買ってました。
前後の繋がりも登場人物も設定も敵味方も全くわからないけど、なんかいろんな話が読める。これは意外と楽しかった。
わからないからわからないなりに、前後の流れを考えたり味方だか敵だか分からない奴の能力を考えたりしてました。
あ、ここでこういう描写をするってことは以前こういうことがあったんじゃないか?
とか
この雰囲気だと恐らくこいつはこいつが好きだな?
とか
類推して楽しんでました。
答え合わせなんかしようと思ったことも無かったので正解できてたかはわかりません。
今みたいにインターネットが発達していなかったからとりあえず検索、みたいな発想はありませんでした。
それはその場限りの妄想で、何度も何度も話を読み返していろんな想像をしました。


なんかこう貧乏も悪いもんじゃないかなって思えてきたね。
なんにもないなら無いなりに楽しむことは出来るってことですね。


嗚呼懐かしき少年時代。
あの頃に戻りたいとは思わないけれど、楽しかったような気がする。



貧乏だから牛乳は一日コップ一杯だけでした。