年老いた父とワタシの思い出を書きたいと思います。

父は演歌が好きで、毎週日曜の夜
お風呂上りにテレビ東京の『演歌の花道』マイクを観るのが
仕事至上主義な昭和のサラリーマン、無趣味なオヤジの
唯一の楽しみでしたネクタイ

子どものワタシは
演歌だけの歌番組よりもバラエティが観たくて観たくて
父を恨んだものですうわぁ~ん
(居間のテレビだけがステレオで音が良かったので
父は他の部屋のモノ音声のテレビでは観たくなかったのでしょう
今では考えられない家電事情ですテレビ

記憶力の良かった時期なので、ワタシは
不承不承ながら居間で一緒に観ていた演歌を
いつの間にか覚えてしまっていたらしく
後日、父と一緒に出掛けたときに
「京都にいるときゃ忍と呼ばれたの~、神戸じゃ渚と名乗ったの~」カラオケみたまり
小林旭の『昔の名前で出ています』を
ゴキゲンに口ずさんだら
父から「そんな歌、子供が歌う唄じゃない!」と、
褒められるどころか、こっぴどーく怒られましたキーッ

歌詞の意味を理解できなくても
記憶してしまったからなのですが汗
大人になって、改めて歌詞を検証すると
確かに就学前の娘っ子が歌う唄ではありません…おっちょ 汗

しかし、時は過ぎ、ワタシが就職してからというもの
〝接待〟という名の社会人の通過儀礼(?)の際熱燗
特に、お年を召した取引先の相手と行くカラオケでは
『演歌の花道』の記憶、それはそれは、かなり重宝させてもらいました。
もう、その頃は唄っても歌詞に負けない年齢になっておりましたし(苦笑)

そんな唄、君の年代でよく知っているねぇ
なんて唄の出来映えは横に置き、お褒めの言葉をいただくことも
少なくありませんでしたakn
父と『演歌の花道』に感謝です(笑)

いつか、近いうちに父とカラオケにでも一緒に行こうかな。
勿論、演歌シバリでああああ

そんな父も先日71歳になりました。
おめでとうね誕生日