今日はすこしオカタイ話で長く書きます。


私は治療をしてチビコを授かりました。
それについては賛否両論があると思うので
オープンにもしていないし、
隠してもいません。
知っている人は知っているという事実です。


妊娠、そして出産を経たら
「不妊」から脱せられるのか、というと
そうではないと私は感じています。


それは・・・
妊娠してからも悩むことがあるからです。

本来、男女の愛情のもとに命が授かるのが
自然なのは解っていますが
その中に「治療」が介入すると
妊娠すること自体が、途端に人工的に頭で考えること、化学的なこと、無機質なことに
変化してのしまうのです。
だから、私も愛の本能ではなく、頭で考えて惑うスパイラルに陥っていました。

自分の人生に「こども」を存在させるか否か、
さらにさせるとしたら、それは実現可能なのか。
それをきちんと自分の中で整理、確立させたくて
モヤモヤした時期に行動したことがあります。

そんなときに、情報収集に引っかかった
ある病院の付属看護大学で行われている
不妊のスペシャリスト看護士育成カリキュラムの中で
開催されていた不妊治療講座に参加しました。

そこへ参加していた人は不妊治療真っ只中の人
これから治療を開始しようとしている人
環境は様々でしたが、みんな悩んでいました。
もがいてボロボロになって、同じ立場ながら私が見ても痛々しい人もいました。
中には治療中に価値観の違いから、配偶者と別れてしまうという
本末転倒の結果になった方もいらっしゃいました。

そこで出会った参加者で気が合い「同志」になった
ひとつ歳上の女性がいますが
私は妊娠してから、彼女と連絡を取れないで今に至ります。

妊娠する直前までは自分の治療の進捗状況や
病院の情報などをよくメールで連絡しあっていたのですが
私は自分の妊娠が確実になって
不安ながら経過を追えるようになってきたら
彼女に何と切り出せば良いのか解らなくなって
フェードアウトしてしまったのです。

彼女の出身地が
偶然にこの度の東日本大震災の被災地・岩手だったので
そのタイミングでお見舞いメールを送るなど
何かしらのアクションができたかもしれないのに
私は躊躇してしまい、それっきり…まだ。

この不妊治療を受けている人は
みんな、知っているのです。
妊娠して不妊を卒業する人もいれば
できないで、それを見送る人もいることを。
自分がどちらに入るのか、もしかすると入れないこともある冷酷さもあることを。
さらにはどれくらいの期間で卒業できるのか
近い未来なのか、遠いけれど卒業はできるのか…。
隣のあの人の方が先なのか、私が先なのか。

少なくとも彼女と私は
お互いそうやって自分たちなりに
悩んできたのを知っています。
なので、どちらか片方に訪れた吉報に
どう対応すれば良いのか難しいです。
本音を言えば、置いてきぼりを食らった方は
複雑な思いをする訳ですから。
相手を心からおめでとうと祝ってあげたくても
心は複雑に乱れて泡立ってしまうものです。
少なくとも人間ができていない私はそうでした。

結局、私は
「言わない、伝えない」ことを選びました。
多分、出産しても自分から彼女へ伝えることはないでしょう。
彼女のほうから連絡をいただくまでは伝えないと思います。
きっと、連絡が来ないことを思うと
彼女もきっと何かを察しているかもしれません。


「話すこと、会うこと、触れ合うこと、気持ちのすり合わせを大切にしたい」
と思う私の人付き合いの仕方には
今までなかったことですが
敢えて「触れ合わない」という関係性、
違和感があってかなり悩んだのですが
そういう関係もあるのだと理解しないと
「不妊」がもたらした悩みはまだまだ私の中に存在し続けることになるのでしょう。


価値観について、ひとつ大きく勉強したとは思えるのですが
産む性として、あまりにも辛く大きなテーマ。
治療の結果だけでなく、そこに取り巻く人の心も存在することなので
なんとも後味の悪く、苦い体験になっています。


きっと、ずっとこのまま、明確で正解な答えは出ないと思うけれど
私はチビコを迎え、共に生きる人生になりそうです。
その事実を大切にしていきたいと思います。


今日は、この日記を自分への気持ちの整理で書かせてもらいました。