正解と不正解
こんにちは、「関係力」コーチ・佐藤真一です。
初めての方は是非こちら もお読みください。
私たちは「答え」を出すことに慣らされてきていると思いませんか?
何が正しくて、何が正しくないのか、相対的にどちらが優れていて、どちらが劣っているのか…。
子どものころから勉強においても、スポーツにおいてもそうです。受験もそうです。就職活動でもそう、会社に入ってもそう。私もそのようにして四十数年を生きてきました。
それを否定するつもりはありませんし、決して悪いことばかりではありません。確かにそれが何かを成し遂げるエンジンになったのも事実です。順位をつけるつけないという論議の話でもありません。
ですが、それによって考えるようになってしまっている気がするのです。
「いやいや、考えるのは悪くないし、当たり前でしょ?」
とあなたは言うかもしれませんね。
その通りです。
でも、正確には「考えすぎる」とでもいいましょうか。
もしくは「正解」を求めたがるとでもいいましょうか。
なにか「正解」が見つからないとモヤモヤして、それが「正解」かどうか確かめ始めて、相対的な優劣を求めたがる、そんなふうになっていませんか?
それが見えないと不安になったり、一歩が踏み出せなかったり。
逆にその「正解」とやらが得られたら得られたでそれに必要以上に囚われてしまったり。
生きてきた何十年もの間、そのトレーニングを何度も繰り返し、そのパターンを作ってきてしまった…、そんな気がしているのです。
得られた「正解」によってのみ物事の優劣や正否を判断して、それ以外のものを見過ごしてしまったり、正当化をしてしまったり…。
それによって勝手にイライラして、相手を蔑(さげす)んで、変な優越感を持って、「不正解」なものを非難し始める…。
逆に自分が「不正解」となると、苦々しく、相手を羨ましく思い、必要以上に自分を貶(おとし)めてしまう…。
「正解」としているものは、自分のあるパターンの中のひとつの解釈でしかないのですが…。
あなたも「正解」を求め過ぎて、躊躇していることはありませんか?
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