わたしには、今現在小学2年生の長男と4歳6歳の保育園児がいます
6歳の長女は今年の4月で小学校なんだけれど
下の子はあと2年保育園だから、在園手続きをするタイミングでね
ちょっと感じたことがあったから書いてみようかなと思って
「就労」で保育園申請してきたのを乳がんなので「病気」の申請で手続き変更しようとしているところなんだけれど
一昨年に離婚して、埼玉から東京に引っ越ししてきて、まず困ったのがこの次男が保育園に入れなかったということだった
待機児童ってやつですね
働かないといけないのに入れないって・・・ってかなり焦りましたよ
その時は、なんだか社会に見捨てられたみたいな感覚も感じてたな
少子化をなんとかしたいなら保育園問題どうにかしろよとも思ってたしね
なんていうか社会のシステム丸ごと間違ってるって思ってたころだったんだよね
長男は幼稚園だったんだけれど、震災が起きた直後の入園で放射能のこと食べ物のことをいろいろ調べ漁ったりもしてね
こんな大変なことが起きているのに、なんで周りはこんな平然としてんのかって思ってた
通っていた幼稚園の給食は工場で作られたものを配達されてくる形だったから、まずお弁当にしたいと幼稚園にお願いしにいったの
そこでね独自に集めた資料たちを持っていって園長先生と担任の先生に熱く語ったりもしたというとてつもなくめんどくさい保護者でもあった
幼稚園の給食を見直してもらいたい
そんな想いがあったのは事実だった
そしてここのわたしの中には
相手を変えよう、つまり相手が間違っているのだからっていう傲慢さがうずいてたのが真実だったと思う
まあ幼稚園的には、入園手続きをした時点で園の理念に同意ということなので
今、合わないと感じるのであれば退園してもらうことになるという話をされたよ
今となれば、ですよねって思うことなんだけれど
当時は、もうなんか物申す!気満々だったからねぇw
今振り返ると、なんかほんとすみませんっていうエピソードなんですけどね
お弁当持参には承諾してくれたし、一人だけお弁当ということもあるから、先生方はいろいろ配慮してくれたりね
とても有難かったのですよ
こう思うからやる!っていうことをやりきったよ
周りの冷ややかな視線も感じたりしたけれどね
あのころ食に関することに重く深く入り込んだおかげで
今はフットワーク軽く、食と向き合えているんだ
で、保育園の話に戻るのですが
保育園待機という経験をして思ったことね
入れなかった意味がわかったのですよ
シングルマザーで、働かないといけない
ということ自体が思い込みだったということ
噛み砕いて言えば
全て一人でやりきろうとしていたってこと
もし、何かこんな仕事をしたい!だったら違ったのかもしれなくてね
でもその時は生活のためだから仕方なくが前提にあったし
これやりたい!がなかった
つまり
働く気がわたしにはなかったというw
は?かもしれないけど
働きたいのに保育園に入れられない
キリキリしちゃうよね
でもね
決まらない、長いことスムーズに事が進まないのなら
自分の決め事に何か引っかかることがあるのかもしれないの
もちろん、地域性もあるよね
激戦区っていうこともあるだろうけれど
そもそも
本当にその選択しかないのか?
これしかない、こうでないといけないという思い込みがあるのかもしれない
執着しているものがあるのかもしれない
ただただ、日本の社会がおかしい
システムを変えろと吠えてるだけなら
今一度、はたして自分は本当はどうしたいのか
これを見つめ直してみると見えてくるものがあるかもしれない
そんなに夫婦共働きしないといけないものなのか?とかね
朝から遅くまで働かないといけないものなのか?とかね
いろいろね
昨年の4月から次男は保育園に入れたんだけど
そのころちょうど、わたしの中で抱え込んでいたことが解消されたタイミングでもあったんだよ
一気に滞っていたものが流れてくれたの
現実はやっぱり自分自身が作り上げているものだって確信したんだ
「病気」で申請する場合、病院での治療計画書が必要になる
わたしの場合、三大医療ではない選択をしているから、申請が通るのかわからないんだけれど
前のわたしだったらね
きっとわかってくれないだろうから納得させないと!
そんなエネルギーでパンパンだったと思うんだ
でも幼稚園や保育園の待機の件でいろいろ体験して経験となってきたものはとても大きくて
自分の想いを素直に話そうと思えてる
こうしたいと思っているということをね
だから力を貸してくださいという想いでね