[12月25日#1] 死が意味するもの

訃報は突然来た。昨年秋は東京。今年5月には一緒に福島へ行った。心筋梗塞。77歳。
一番上の兄。相馬高校では柔道部。東北大では理論物理を専攻した。音楽も好きだった。
交響楽団でトロンボーンを吹き中村一小と一中の兄弟校が3年連続日本一になる原動力。

三体問題の研究で湯川賞。それが縁で京大基礎研究所へ。その後、福井大工学部に就職。
応用物理だ。体育系の先生とスキーをするロボットの共同研究。スキー学会の初代会長。
振り返るとすぐ上の兄も物理。こちらまで物理。ノーベル賞の威力と併せて影響力大だ。

相馬に市民オーケストラやディキシージャズバンドを作り小学生の私を大いに感化した。
中学の時だ。分厚い高木先生の数学概論をくれた。デデキンドの切断の所を貪り読んだ。
実数の連続の概念は数学が大好きの少年だった私の頭の中に深く染み入って現在がある。

何しろ旺文社の蛍雪時代という受験雑誌の応募問題に挑戦し続けて最後には盾を貰った。
高校ではフルートだったが東北大ではビオラを弾くことになった。兄の知り合いばかり。
その付き合いは現在も続いている。名大へ移る直前だった。知人から演奏の依頼が来た。

仙台の歴史の長い合唱団がフォーレのレクイエムをやりたいからオケを編成出来ないか。
今、思い出してもよく集まったものだと思う。こうして死は連綿と過去を思い出させる。
告別式で福井大の学長の弔辞や同門の先生との話で兄と自分の頭とが重なるのには驚く。

若い頃、兄の家に泊まったら子供たちが、「あれっ?パパが二人いる!」よく似ていた。
それが結婚して高校生の子供がいる。こちらだって似たものだ。完全に世代が代わった。
けれども自分にはやるべきことがありまだ死ねない。未練だらけだ。それでも死ぬのだ。

病気で死ぬかも知れないし事故死或いは天災だってあり得る。飛行機旅行は随分とした。
世界一周だって3回はした。自然確率論は知識が無ければ気が付かないことを反映する。
心臓は新陳代謝のエンジンだ。健康なうちはその働きに疑いをかけないが衰えは確実だ。

兄には何通も論文を読んで貰ったし名大のごたごたで迷惑と心労をかけたのは疑いない。
生きている間に、今書いている脳のミステリーを解いたと言う論文を読んで欲しかった。
多分、論旨が不明の駄文を書き散らすのも終わりにしろと叱られるかも知れないけれど。

やはり、宗教は必要だと感じる。人間の尊厳を認識させ苦労を尊いと教え天国を目指す。
非科学的であっても長い歴史の中で培われた死の恐怖への対策と練り上げられた工夫だ。