八百万の神とバトン | 季節を感じて

季節を感じて

日々の生活の中で思ったこと、感じたことなど
小さなことでも気ままに書いていきたいです。

車が傷つけた夢を見て焦った朝を迎えました(^◇^;)

まずは朝から田んぼにちょいといってきたので


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二枚ほど写真を



桜と菜の花?かな

まぁ黄色とピンクがきれいだったんですよ!

まずお断りしておきますが、かなりまとまってない文章なのでごめんなさい。


今日の新聞から2点


まず1点目
朝日新聞の天声人語から


「幸せな木は人も幸せにするようだ。何も桜に限ったことではない。」

最後のところだけだけど、

つまりは人に大切にされた桜は結果的に人を幸せにする

ってことなのかなと勝手に解釈したのですが。


ちょっと話は変わるかもしれませんが、僕はこのことから八百万の神を連想しました。


だから最後の文章って、人に大切にされたものすべてが人を幸せにするんじゃないのかなって


僕は大学生の頃に居酒屋でバイトしてて、
その時焼き鳥焼く網を洗う担当だったんですよ。


でそのときに

「今日はいつもより汚れてるからきれいに洗ってあげよう」

とか


ピカピカになるくらいに洗ったときは

「きれいに洗いすぎて寒いかな」

とか思ってたわけですよ。


ただこの過去の話、大切にされたものは人を幸せにするってのと合致してないような…


まぁとりあえず木に限ったことではないのかなと思っただけです。



で2点目が声の欄から

「いま、私がここに生きているのは何千万か何億分の一の奇跡で父と母が出会ったからで、この続いてきたバトン、命のバトンを大切につないでいきたい」


まぁだいたいこんな内容でしかもこれを書いたのが14歳というのもおどろき。

僕もこんなスケールの大きな話ではないんですが、

大学の講義でお墓について軽く学んで、その中で命のバトンと似たようなことを感じました。


お墓ってその人が生きた、その家系があった証だと思うんですよ。

そのことから家のお墓って今まで先祖代々つながってきたもので、
それを自分の代で終わらせたくないなって思ったんです。

今までは長男だからどうせ家を継がないといけないんだし的な考えから、しっかり自分の家の家系を、この血縁をつないでいかないといけない、と思うようになりました。