平昌オリンピックが閉幕しました。
今回の日本はメダル13個と史上最高だそうです。
お祭り終わりだって感じになってますが、
次はパラリンピックですからね!
パラリンピックとは。
起源は第二次世界大戦の戦傷病者のリハビリテーションにさかのぼる。
原点とされるのは1948年7月にロンドン郊外のストーク・マンデビル病院で行われたアーチェリー大会。
同病院には44年、戦闘激化に備えて脊髄(せきずい)損傷科が新設された。
初代科長のルートビヒ・グトマン医師(故人)は、患者にスポーツによるリハビリと水分摂取を推奨した。
当時の脊髄損傷者の救命率は2割。だが、新陳代謝を促すなどして死因の大部分を占めた尿毒症を防ぎ、
患者の8割が受傷から半年後には仕事に就くという治療成績を残した。
大会はリハビリの成果を披露する場として、48年のロンドン五輪に合わせて開かれた。
大会は毎年行われ、競技数も増えた。52年にオランダも参加して国際大会になり、
60年にはローマ五輪に合わせて初めて英国外のローマで開催。
64年東京大会では初めて「パラリンピック」という言葉が登場した。
当時は大会の出場資格だった、下半身まひを表す英語の「パラプレジア」と「オリンピック」を合わせた造語だった。
76年トロント大会からは出場資格が広がり、視覚障害者と四肢切断者も参加可能になった。
80年オランダ・アーヘン大会からは脳性まひ、88年ソウル大会からは、
他の身体障害者も出場できるようになり、国際オリンピック委員会(IOC)の理解も得て
大会名が正式に「パラリンピック」になった。「パラ」は英語の「パラレル(同様の)」と解釈され、
「もう一つのオリンピック」という現在の考え方が定まった。
00年シドニー大会ではIOCと国際パラリンピック委員会(IPC)が
「五輪開催国にはパラリンピックも開催させる」と合意。
01年には08年北京五輪から五輪組織委員会がパラリンピックも担当することを決めるなど、
五輪との結びつきも強くなった。
冬季大会はインスブルック五輪が開かれた76年にスウェーデンで行われた国際競技大会が第1回とされる。
98年には長野五輪後に日本初の冬季大会が開かれ、夏季も通じて初めて知的障害者種目が正式採用された。
パラリンピックは、第二次世界大戦で傷を負った軍人のリハビリ目的で始まりました。
当初は福祉的側面から捉えられていましたが、近年は「競技性」が高まり、
日本においても陸上競技や車いすテニス等でプロ選手が誕生し、
「障がい者アスリート」という言葉も使われるようになりました。
オリンピックもパラリンピックについても、スポーツそのものが
障がいを持っている人もそうでない人も、高い目的意識をもって、
楽しめるスポーツの世界大会として、または平和の祭典として継続、発展していっていただければいいなと思います。
オリンピックが終わると全部終わったような雰囲気になりますが、パラリンピックはこれからですからね。
メディアもしっかり取り上げて、東京オリンピック、パラリンピックも控えてますから・・・