「科学の進歩が医学の発展に寄与することは素晴しいことだが、むしろ非科学的と言われてきたものが証明されていくことが科学の本当の進歩、発展である」
この言葉は、私がセミナーで頻繁に発することでありまして、近頃は「エビデンス、エビデンス」とやたら科学的根拠をどうしても「確実性の高さと信用と安心」につなげる傾向が強く、良し悪しは別にして、これではエビデンスのないものとあるもので二極化が進んでくる状況となります。
確かに「エビデンス」は最重要かつ評価上優先されるべきものであります。
一昔前までは、医学の世界でも「不思議」と言われたことは「まさか」で片づけられていました。例えば、明るい病室、明るい看護、明るい医師のもとでの患者とそうでない患者とで明らかに回復度に違いがみられたということ。しかし、日本ではこれを科学的に裏付けようとする医師や研究者は少なく、「不思議」「まさか」の世界であったということです。
今から30年ほど前にNK細胞が発見されました。笑うとNK細胞が大幅に増えるという根拠も確立されました。NK細胞の発見によって、ガンに対しての自己治癒力の影響の大きさがわかってきました。ストレスで分泌される副腎皮質ホルモンの受容体がNK細胞にあり、結合するとNK細胞が死滅することもわかってきました。音楽を聴くと血圧が下がる遺伝子が発現することもわかってきました。
しかし医学の進歩(=医療化)はすべて医学的治療で治せるという錯覚をもたらし、自然治癒力や気持ちの重要性を窓際族にしてしまう恐れがあるのです。
「リラックスする→免疫が上がる」=気持ち・生活習慣次第
「笑う→健康でいられる」=希望の持ち方・環境次第
「ストレス→病気になる」=気持ちの持ち方次第
これらを「迷信」「偶々」「まさか」と言っている人は時代に乗り遅れているということになりますが、医師がもし「偶々」なんて言っている病院にかかっていたら即刻違う病院に変えるべきでしょう。
漢方はエビデンスに乏しいものであります。しかし、現在では多くの西洋医学の医師も漢方を治療の手段にしております。残念なことにまだまだ「漢方大嫌い医師」が多いのも事実です。彼らの主張は「エビデンスに乏しいから」ということでしょう。
それでは「エビデンス」があるからと言ってこれまでどれだけの華々しく登場した新薬がのちに承認取り消し、裁判沙汰になってきたのでしょうか?対して漢方は何百年、何千年という経験の繰り返しによってその効能の実績を築き上げてきました。
科学技術の進歩が、これまで「まさか」と思われてきたものに対してその根拠を証明するまでになっていくことを願うばかりです。そしてその成果は「治療の選択肢」を広げることにつなげなければいけません。
この言葉は、私がセミナーで頻繁に発することでありまして、近頃は「エビデンス、エビデンス」とやたら科学的根拠をどうしても「確実性の高さと信用と安心」につなげる傾向が強く、良し悪しは別にして、これではエビデンスのないものとあるもので二極化が進んでくる状況となります。
確かに「エビデンス」は最重要かつ評価上優先されるべきものであります。
一昔前までは、医学の世界でも「不思議」と言われたことは「まさか」で片づけられていました。例えば、明るい病室、明るい看護、明るい医師のもとでの患者とそうでない患者とで明らかに回復度に違いがみられたということ。しかし、日本ではこれを科学的に裏付けようとする医師や研究者は少なく、「不思議」「まさか」の世界であったということです。
今から30年ほど前にNK細胞が発見されました。笑うとNK細胞が大幅に増えるという根拠も確立されました。NK細胞の発見によって、ガンに対しての自己治癒力の影響の大きさがわかってきました。ストレスで分泌される副腎皮質ホルモンの受容体がNK細胞にあり、結合するとNK細胞が死滅することもわかってきました。音楽を聴くと血圧が下がる遺伝子が発現することもわかってきました。
しかし医学の進歩(=医療化)はすべて医学的治療で治せるという錯覚をもたらし、自然治癒力や気持ちの重要性を窓際族にしてしまう恐れがあるのです。
「リラックスする→免疫が上がる」=気持ち・生活習慣次第
「笑う→健康でいられる」=希望の持ち方・環境次第
「ストレス→病気になる」=気持ちの持ち方次第
これらを「迷信」「偶々」「まさか」と言っている人は時代に乗り遅れているということになりますが、医師がもし「偶々」なんて言っている病院にかかっていたら即刻違う病院に変えるべきでしょう。
漢方はエビデンスに乏しいものであります。しかし、現在では多くの西洋医学の医師も漢方を治療の手段にしております。残念なことにまだまだ「漢方大嫌い医師」が多いのも事実です。彼らの主張は「エビデンスに乏しいから」ということでしょう。
それでは「エビデンス」があるからと言ってこれまでどれだけの華々しく登場した新薬がのちに承認取り消し、裁判沙汰になってきたのでしょうか?対して漢方は何百年、何千年という経験の繰り返しによってその効能の実績を築き上げてきました。
科学技術の進歩が、これまで「まさか」と思われてきたものに対してその根拠を証明するまでになっていくことを願うばかりです。そしてその成果は「治療の選択肢」を広げることにつなげなければいけません。