一昨日、57歳になる男性から自身の父親(83歳)の認知症のことで相談があり、「どんなに健康的に歳をとってきてもこんなことに(認知症)なるんですね?」と悲痛な面持ちで語っていました。

確かに、これまで何一つ病気もなく、薬も殆ど飲んだことがないという稀に見る健康老人。そんな人が昨年暮れあたりから認知症の症状がひどくなってきたということでした。

認知症の大きな原因の一つに「降圧剤の常用」があります。その人は血圧が150あたりで、医師からの服用の指示も無視してきたほどの薬嫌いで、私からすればそれが健康の秘訣であったと確信が持てました。そうすると認知症の原因を無理矢理にでも探りたいのが私の常です。

原因として「血圧が低過ぎた」という仮説が成り立ちます。厳密に言うと「その人にとって、血圧が低い状態が長年続いていた」ということです。

つまり150はその人にとって物足りない血圧で、満足に酸素を脳まで届けられてない状態が続いたと推測できます。

個体差がありますので一般論は邪道ですが、83歳では150は低過ぎます。これでもし降圧剤を服用していたらと考えるとゾッとします。

確かに、ヒアリングをしてみると健康とはいえ「低血圧」の症状が窺えました。これが病気や症状の奥深さです。

要するにこの人は血圧を上げることが必要であったと推測できるのです。心配しなくても人間の血管は皆さんが思っているほど弱いものではありません。もちろん、生活習慣による血管の強化は必要です。

健康診断の新基準値で論争が繰り広げられていますが、医師会などの反発は論として人間の体の奥深さを無視しているとしか言いようがありません。また新基準に対してその緩和さに驚いている人も多いようですが、私からしたら「まだまだ」です。まだまだということは、もっと基準を緩めろということですが、それなら「基準」なんて殆ど意味がないということになります。

驚異の小宇宙と言われる人間の体内。固有の身体条件の複雑さと流動性を知れば知るほど神秘的で、その奥深さを痛感するほど「基準」というものの意味の無さがはっきりしてくるのです。