1985年秋、3年間勤めた音楽関係の会社を辞めて東京赤坂に本社を置く商社に勤務していたときのことです。実家の父親から電話があり、「母親が倒れた」とのことでした。脳梗塞です。

私はその年に森山晃嗣先生(現・NPOがんコントロール協会理事長)に出会い、東京の元赤坂にあるマンションの一室で分子栄養学を勉強するために毎日のように仕事が終わってから通っていました。母親の状態を森山先生に伝えアドバイスを受け、私は休暇を取り実家に帰りました。

病院で担当の先生の話を聞いたのですが、「言語障害や右半身の麻痺はどうしようもない」とのことでした。「どうしようもないのなら連れて帰ります」と入院を拒否して自宅で森山先生に指示されたとおりの栄養素療法を始めました。まだ57歳という若さのある母親の容体は日に日に良くなり、半年後には普通に会話も出来、掃除、洗濯、買い物ができるようになりました。これが分子栄養学を教える立場に立とうと決意したきっかけとなったわけです。

1986年、東京麹町にある食糧会館で森山先生の代役で初の講師を務めました。
$三好康介のブログ-初の講師(1986年東京麹町)

1987年、脱サラで独立。

1987年から3年に渡り森山先生と本場アメリカのサプリメント工場視察、経営者との対談、日米健康食品会議(写真中央・ニューヨーク・ボヘミア)に参加しました。


$三好康介のブログ
$三好康介のブログ
$三好康介のブログ

また同時期に、「回復」をテーマに「潜在能力」のトレーニングを受け、これも現在ではインストラクターとしても務めさせていただいております。私の研究テーマである「分子栄養学と潜在能力誘導活性の融合」がその進化型です。

下は横浜市内のホテルでの「分子栄養学と潜在能力」の講演の模様です。
$三好康介のブログ

私の講演やセミナーは基本的には、3割を質疑応答に当てます。実はこの質疑応答が一番盛り上がります。自慢するわけではないですが、まず応えられないものはありません。質疑応答は臨場感溢れたぶっつけ本番のまさにライヴです。私はこれを「分子栄養学ライヴ」と命名しています。
写真下(一番下)はまさに渋谷のライヴハウスで行った分子栄養学ライブです。

$三好康介のブログ
$三好康介のブログ
$三好康介のブログ

ロータリークラブ、商工会、健康食品メーカーなどで数々のセミナーを現在でも精力的に行っています。写真(下)は、昨年、徳島市内のホテルで行われた講演会で使われたパンフレットのプロフィールです。
$三好康介のブログ