難病をかかえている人に「笑うことが大切です」と促しても、そう簡単に笑えるものでない。重いと言われる病気を患っている人には笑うことなど「それどころでない~笑える心境ではない~普段笑えることでも笑えない」となる。その家族の人達もそうであろう。
ここから紹介する私の「distinction」(区別)法は、病気を克服するため以外にもすべての分野(人間関係、ビジネス、生活~)にも通じるものである。
まず、「区別する」とはどういうことであるか。わかりやすく言うと、「行動」と「思い」が別の分野のものであると悟ること。普段皆さんが生活の中で使っている例をあげると、目覚まし時計が鳴って「もっと寝たい」という思いをもって「起き上がる」、これも実は区別である。「思い」と「行動」が違うからだ。
日々の生活の中や仕事において「あ~これが「区別」というものか」と意識していくことがまず大切である。
もう一つ例をあげてみよう。「好きな異性に連絡を取りたい…が、断られることを考えたらなかなか電話できない」という「思い」。だから電話を諦めてしまうと可能性はゼロ。
ここで、「だから」を「そして」に変えればいい。「電話できない~そして電話をかける」。これで可能性はゼロでなくなる。「断られたらどうしよう」という「思い」と「電話番号を押す」という「行動」が区別されている。だからとそしての違いは可能性の大きな差となってくる。「だから」の奥底には電話を出来なかった「言い訳」が沢山作られてくる。
次に「事実・状況」と「行動」の区別である。「お金がない」だから「行かない・行けない」は「お金がない」が、言い訳となり、可能性はゼロ。「お金がない」そして「行く」。
「お金がない」という「事実」と「行く」という「行動」を区別する。なぜ区別出来たかというと、「行く」ための「方法」を考えたからだ。それでは、なぜ「方法」を考えたか?後述する「本気」だからだ。
こんな区別もある。以前に「何を否定する」のタイトルのところでも紹介したが、「私はあの人が嫌い」~誰でもそういう人は一人や二人はいるだろう。ここで使う区別とは、「あの人のこういうところが嫌い」。「全体」と「部分」の区別法だ。
後編に続く
後編は「区別」の仕方

ここから紹介する私の「distinction」(区別)法は、病気を克服するため以外にもすべての分野(人間関係、ビジネス、生活~)にも通じるものである。
まず、「区別する」とはどういうことであるか。わかりやすく言うと、「行動」と「思い」が別の分野のものであると悟ること。普段皆さんが生活の中で使っている例をあげると、目覚まし時計が鳴って「もっと寝たい」という思いをもって「起き上がる」、これも実は区別である。「思い」と「行動」が違うからだ。
日々の生活の中や仕事において「あ~これが「区別」というものか」と意識していくことがまず大切である。
もう一つ例をあげてみよう。「好きな異性に連絡を取りたい…が、断られることを考えたらなかなか電話できない」という「思い」。だから電話を諦めてしまうと可能性はゼロ。
ここで、「だから」を「そして」に変えればいい。「電話できない~そして電話をかける」。これで可能性はゼロでなくなる。「断られたらどうしよう」という「思い」と「電話番号を押す」という「行動」が区別されている。だからとそしての違いは可能性の大きな差となってくる。「だから」の奥底には電話を出来なかった「言い訳」が沢山作られてくる。
次に「事実・状況」と「行動」の区別である。「お金がない」だから「行かない・行けない」は「お金がない」が、言い訳となり、可能性はゼロ。「お金がない」そして「行く」。
「お金がない」という「事実」と「行く」という「行動」を区別する。なぜ区別出来たかというと、「行く」ための「方法」を考えたからだ。それでは、なぜ「方法」を考えたか?後述する「本気」だからだ。
こんな区別もある。以前に「何を否定する」のタイトルのところでも紹介したが、「私はあの人が嫌い」~誰でもそういう人は一人や二人はいるだろう。ここで使う区別とは、「あの人のこういうところが嫌い」。「全体」と「部分」の区別法だ。
後編に続く
後編は「区別」の仕方
