時代は「国際標準」へ
 ゲノム(全遺伝子情報)の解析レベルとスピードが増してくれば、医学や医療から受ける恩恵もそれに比例して増していかなければ意味がない。結果として、いとも簡単にその人個人にとって最適の薬や治療が提供できるようになるのだ。要するに、医療のオーダーメイドという世界に入っていくのである。

体質の個体差(薬の特に副作用)は10倍以上はあると解明されているが(栄養学では、栄養素によって100倍~300倍とも~つまり薬の方が極めて再現性が高い)同じ病気でも、遺伝体質の違いにより明確に薬の使い分けが可能になるのだ。こうして、副作用などが劇的に抑えられ、また治療の期間短縮化を可能にすることで、QOL(生活の質の向上)を最大限にもたらすことができるであろう。

 しかし、こういったゲノムの解明により、人々にメリットが広がり始めると、やがてそのメリットがデメリットとなってくる。これを経済用語で「合成の誤謬」という。わかりやすい例をあげると、「車」である。車によって受けられる恩恵は計り知れない。車の普及による経済効果も計り知れない。この車が製造されるためには、タイヤ、フロントガラス、バンパー、いろんな操作機器…すなわち、ゴム産業、ガラス産業、精密機械産業、ハイテク産業まで大きな経済効果をもたらす。しかし、車社会の拡大は、交通ルールに統一規格がないと、事故をはじめとする大混乱が起こる。これが「合成の誤謬」だ。発展は、地域ルールから国のルールへ、またグローバル化社会を迎えると国際ルールへと発展する。グローバル化によって、垣根がなくなると“自分たちだけの都合”は通じなくなり、世界レベルに協調・追随していかなければ取り残されていくことになるのだ。
 
グローバルと言われるのは経済だけでなく、政治におけるサミットやG8とよばれたものが、今や新興国抜きでは政治経済金融の会議が成り立たなくなり、20カ国を超える国々によって全世界、地球規模の枠で交渉や論議が進められている。そして医学の世界においてもこのグローバル化は避けられないようになってくるのだ。医学の先進国では、もうベクトルは「予防医学」である。ベクトルは「治療」より「予防」、「病気を治す」から「病人を減らす」へ、である。

「世界最高水準栄養学・序章」より 三好康介著
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