○「本店に盾突く困ったやつ」「気骨のある人物」 第1原発の吉田所長とは(産経新聞)
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 「自信過剰」「本店に盾突く困ったやつ」。東京電力福島第1原発の吉田昌郎所長(56)への東電本店の評判は散々だった。原子力委員会の専門委員で4月に第1原発を視察した独立総合研究所の青山繁晴社長(58)が、吉田所長との面会に先立ち東電社員から聞いた話だ。
 だが、青山氏は「あの官僚主義から抜けきれない東電にあって、気骨のある人物。現場を知らない本店に口答えをするのは責任感の表れだ」と評する。
 吉田所長は昭和30年、大阪府出身。菅直人首相(64)と同じ東京工業大で工学部を卒業後、同大大学院で原子核工学を54年に修了し東電へ入社した。原子力の技術畑を歩み福島第1、第2両原発の発電部などを経て平成19年から本店の原子力設備管理部長、22年6月から現職。
 事故後、現場にとどまって指揮を取り復旧作業を支えてきた。青山氏が「余震で津波が押し寄せた場合どうなるのか」と問うたところ、「致命的だ」と包み隠さず答える誠実さを持ち、堤防設置などの対策をすぐに打ち出すスピード感もあったという。
 本店や原子力安全・保安院とをつなぐテレビ会議では、本店側に「やってられねーよ」と発言し物議を醸したことも。ただ、青山氏はこれを「堤防でなく土嚢で対応せよ」とする本店側への強い抗議の表れだったとみている。
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■会社の中に一人くらいはいるんですよね^^
自信過剰で上司などに盾突く人物が^^
東京電力の中にもそのような人物が居たようですね^^
でも、盾突くというか、意見をするのは決して悪くないと思いますし、それに耳を傾けるのが会社というものだと思います^^
社員の意見を聴いてそれを元にしてよりより経営をしていく。これが基本だと思います。
確かに中には理不尽な要求をする場合がありますが、そこは話し合いで解決するべきですね^^
記事の所長は現場の責任者として本社に対して色々と意見をしていたようですが、それを盾突くと評したのはどうでしょうか?
確かに会社の中にはある程度の規律が必要ですが、現場の事を一番知っている方の意見を取り入れずして、今回の事故の収束を図る事は不可能ではないでしょうか?
数日空いてしまいました(´・ω・`)

5月20のブログで、車載動画をUPしましたが編集を加える為、一旦削除した動画を再度UPしましたニコニコ

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○注入開始・停止は官邸知らず…東電との連絡不備(読売新聞)
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 政府・東京電力統合対策室は21日の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所1号機で東日本大震災の発生翌日に行われていた海水注入が中断していた経緯を説明した。
 菅首相が海水注入の是非の検討を関係部局に指示している間に、東電が海水注入の開始・停止に踏み切るなど、政府と東電の連絡体制の不備が明らかになった。
 対策室が記者会見で配布した資料や説明によると、震災翌日の3月12日、それまで1号機に注入していた淡水が足りなくなったため、首相は午後6時ごろに内閣府原子力安全委員会や経済産業省原子力安全・保安院などに対し、海水注入を検討するよう指示した。これに対し、班目春樹原子力安全委員長が、海水注入によって核燃料の分裂反応が再び始まる再臨界の危険性があると指摘したため、首相は再臨界防止のためホウ酸の注入などの対策を含めて検討するよう改めて指示したという。
 首相官邸での検討は午後7時半ごろまで続いていたが、東電はそれに先立つ午後7時4分、現地の判断で海水注入を開始した。ホースやポンプがきちんと動くかどうかの「試験注入」で、順調ならそのまま注入を継続する予定だったというが、官邸にいた東電担当者が現地や東電本店に政府内での協議が続行していることを伝えたため、同7時25分に注入を停止した。
 注入開始、停止は官邸には報告されていなかった。東電側は、担当者が保安院に口頭で連絡したとしているが、保安院には記録がないという。 午後7時40分、保安院などが首相にホウ酸を加えた海水注入案について説明し、首相は同55分、海水注入を指示。海水注入が再開したのは午後8時20分だった。
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■政府の東日本大震災の対応について批判が出ているようですが、今回東京電力との連絡体制の不備が露呈しました。
政府が陣頭指揮を執る中、東京電力、つまり原発において作業を行う側との連絡は密に且つ正確に行われるべきであります。
東日本大震災後、被災地域では復興が進んでおります。被災地域の方々、被災地域の役所の方々、みんなが一つになりがんばっておられます。
これに比べ、政府は?
俺の考えですが、与党、野党関係なく国会も一つになって迅速な対応をお願いしたいと思います。
やれ野党が云々と言っていないで、様々な政策を出来る限り早く実行していただきたいと思います。
一番苦しんでいるのは被災された方々なのです。

○訃報 長門裕之さん77歳=南田洋子さんとおしどり夫婦(毎日新聞)
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 「にあんちゃん」「古都」などの映画で個性的な演技を披露、女優の南田洋子さんとの“おしどり夫婦”としても知られた俳優の長門裕之(ながと・ひろゆき、本名・加藤晃夫=かとう・あきお)さんが21日死去した。77歳。
 京都出身。祖父は映画監督の牧野省三、父は俳優の沢村国太郎、母も女優のマキノ智子。叔母が沢村貞子、叔父が加東大介という芸能一族に生まれた。俳優の津川雅彦さんは弟。
 6歳から子役として活躍。立命館大を中退し、1953年に東宝入りした。日活に移籍し、「七つボタン」(55年)で本格デビュー。哀愁を感じさせる風貌とひょうひょうとした演技で、主演、助演を問わず活躍。まじめで内気な青年から威勢のいいヤクザ者まで、幅広い役柄を自在に演じた。
 今村昌平監督に重用され、「にあんちゃん」(59年)でブルーリボン主演男優賞を受賞。「豚と軍艦」(61年)などで好演した。また文芸作「古都」(63年、中村登監督)で毎日映画コンクール助演男優賞。近年も弟の津川さんがマキノ雅彦名義で監督した「次郎長三国志」(08年)などに出演した。
 テレビでも活躍し、「池中玄太80キロ」、NHK大河ドラマ「篤姫」などで存在感を発揮した。
 05年ごろから認知症の症状が出始めた南田さんを、09年に亡くなるまで献身的に介護した。その体験をつづった著書「待ってくれ、洋子」は大きな話題を集めた。
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■名俳優として名高い長門裕之さんが本日逝去されました。
σ(●´エ`●)が特に印象に残っているのが、時代劇での長門さんの演技です。
頑固オヤジというのをここまで演出できるのか!と驚きました!
ある時にはいいお爺ちゃん、ある時にはヤクザ者。
様々な演技をこなし、そのどれをとっても本当に素晴らしい方でした。
プライベートでは認知症を患った、妻の南田洋子さんを献身的に介護して最後の最後まで愛し続けた姿に本当に感動しましたし、σ(●´エ`●)もこんな夫になれたらなぁ~と思いました。
ご冥福をお祈りいたします。お疲れ様でした。