2023年 9月 9日⁽土) 山岡さんにご挨拶に伺いました。
今年の2月13日 ペーロン・ドラゴンボート関係者に巨大な影響を与え、
熱い信望を集めていた山岡伸一さんがお亡くなりになりました。
天神祭奉納大阪大会が源八橋スタートで500mレースだった頃・・・
いや、思い出話はやめておきます。
朝、相生の駅を降りて山岡さんのご自宅に荷電し、これからお伺いして
手を合わせたい旨をお伝えすると、今からでも構わないとの事でしたので、
懐かしい道を歩いて向かいました。
ここを最後に歩いたのは何年前だろう? おわん島遠漕の時以来です。
あの頃は、山岡さん宅から相生ペーロン少年団⁽小学一年生が多かった)の子供たちと
「どこからきたん?」
「東京で舟漕いどんのやろ?」
「強いんか?」
⇒今年、陸ペーロンチームに負けて2位だったよ
「せやなぁ! 陸は日本一やもん、勝たれへんよな!」
なーんて言われながら相生ペーロン城まで歩きました。
あの子らももう26歳以上になってるんだなぁ。
なんて回想してるうちに山岡さん宅に到着。
庭や中庭に入ったことはありましたが、ご自宅に上がるのは初めてで
ちょっと緊張しました。奥様に出迎えていただき、御仏壇の前に。
御仏壇のまわりには、生前の山岡さんの写真やトロフィーなどがどっさりと
飾られていて、それまで緊張していましたが、写真を見た瞬間悲しみとさみしさと
心苦しさが胸の奥から溢れて涙がこぼれました。
泣くのはカッコ悪いと思いましたが、止めることはできませんでした。
色々なことを報告させていただき、感謝の気持ちを贈りました。
すると。奥様のほか御兄弟姉妹4名もその場にいらして頂き、
色々な昔話に花が咲き、更に知らなかった驚きのお話もうかがいました(^^♪
すると、おわん島遠漕の時のデジタル写真を見つけていただき、
「これ椎崎さんちゃう?」
あははは! そうです。えっとこの頃はトリッドではなく東ドラですね。
「金髪でちゃらい感じやね!」
「上半身裸で漕いでるし」
「今は裸で漕ぐの禁止なんやで!( ^^) 」
それにしても、裸で漕いでる人が少ない。しかも知ってる人。
鳥海⁽舞浜河探険隊)・がー君⁽相生水軍その前は陸ペーロン)・モト⁽相生水軍)・椎崎⁽東京龍舟) 他 後のトリッドクルーばかりだったw
つづく
と思う😆