トヨタは、ブラック・ボックス方式の、特に承認図方式の社内規定を業界で始めて確立した企業の1つと言える。

まず、外注品設計申入書がトヨタの製品設計部門から発行され、製品開発リーダーと設計管理部が承認する。その後、この申入書は購買企画部を通じて、取引の可能性のあるサプライヤーに提示される。一方、サプライヤーは、この外注品設計申入書を検討し、トヨタの要請を受け入れるかどうかを決めた上で、トヨタの申入書に必要な情報を加えて、形で外注品設計申請書を完成させる。そして、詳細設計を行い、部品図を完成させ、部品図に基づき部品製作を行い、部品単体の実験を行う。部品図面のフォーマットは各サプライヤーのものだが、この様式はトヨタの技術管理部の承認を得なければならない。トヨタは提出書類をチェックし、承認するかどうかを決定する。一旦承認を得ることができれば、サプライヤーはその図面を所有する代わりに、当該部品の品質保証責任を全面的に負うのである。また、トヨタの設計外注化基準においては、承認図方式に関する基準を次のように明文化している(トヨタ自動車工業株式会社,1987)。


Ⅰ.ブラック・ボックス部品方式がトヨタの技術力の空洞化や基本的ノウハウの流出に繋がらぬようにすること。したがってトヨタは、単に社内の開発資源の節約だけのためにイタズラに設計の外注化を行うべきではない。

Ⅱ.設計外注化によって設計工数の低減が可能になること。こうして浮いた開発工数を他の目的にまわせること。

Ⅲ.サプライヤーは、トヨタの要求仕様に応じて当該部品を試験、評価する能力を持たねばならない。

Ⅳ.設計外注化がトータルでコスト低減という効果を生むこと。すなわち、トヨタ側の設計工数節減効果と、購入部品コスト上昇の効果とを慎重に比較考慮しなければいけない。

Ⅴ.ある種の部品については、サプライヤーはコンピュータ支援設計(=CAD)の能力を持
たなければならない。


上記のような社内規定から、トヨタが常に、その限界と限界便益を考慮しつつ、社内設計か設計外注か、という意思決定を行うことを試行していると推測できる。
トヨタのブラック・ボックス部品取引方式の進化に関する研究は、製造企業におけるシステム創発と進化能力という観点から見た場合、4つの論点を提供している(藤本,1997)。
第1に、承認図方式に則ったサプライヤーは、組み立てメーカーとサプライヤー間の長年にわたる共同作業を通じて徐々に部品設計や開発能力、それに関わる組織内,組織間ルーチンを構築してきた。それは長期的かつ漸次的なプロセスであり、幅の広さと深さの両面において、サプライヤーの設計,開発能力を向上させる多大なコストを要する。


第2に、同一カテゴリーの部品を作るサプライヤーの間では、設計,開発能力の構築をめぐる競争が展開されている。つまり、サプライヤー間の競争は、価格をパラメータとする入札に代表される短期的な競争のみが全てではない。長期的にはむしろ、設計,開発能力の構築レベルを競う競争が重要となる。大きく捉えて言い換えれば、メーカーである企業は、自社の競争優位に貢献するような独自の能力を構築すべく、長期的な努力を続けることを至上の命題としているのである 。


第3にトヨタは、ブラック・ボックス部品方式の起源と進化に関して、事前の合理的計算能力の企業間格差が競争成果の差を生み出す主因ではなかったということである。


第4にトヨタが他社よりも競走上有効なブラック・ボックス方式を形成してきた要因は、試行に先立っての事前合理的な計算能力,予測能力の違いというよりはむしろ、既に行われた試行を基に、これを事後合理的なシステムに転換する,あるいは制度化する能力である。


このトヨタの分析から示唆されることは、統合製品は、製品システムの複雑性を許容するという点で、コストはかかるが最適設計は可能である。また、製品構成する要素は独立的ではないので、組み立てメーカーは部品メーカー(=サプライヤー)との濃密な関係を持って、製品を完成することができる。つまり、組み立てメーカーの努力次第で製品面での差別化と価格面での差別化は大いに可能であり、1-4-bで述べたことを証明している。
AD