Mazda 787B | Press On.

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趣味のギターや好きな音楽に偏った雑記デス。

外はエライコッチャになってますよ@愛知県。

http://weathernews.jp/typhoon/


明日、明後日とサーキットでイベントがあったんでどうなる事やらと思っていたんですが、とりあえず明日のイベントは翌週へ延期。
4日のイベントは明日の状況をみて判断という事になりました。

その4日のイベントは、元々昨年から準備を進めて来て4月に開催するハズだったモノ。

震災の影響で中止となり、今回は復興の意味も込め改めて開催するイベントだったんですが、、、


ホンマ、何てこったい、、、デス。(-_-;)




そんな今回の台風の名前が「タラス」。

タラスといえば、ビリーシーンw

ビリーシーンといえば、、、




って止めとこ(笑)




皆様、十分にお気を付けください。











さてさて、、、










全く話は変わるんですが。(^_^;)


しかも、少し前の話になるんですケド。。。








Mazda 787Bってご存知でしょうか。











私と同世代以上のモータースポーツファンなら少しは熱くなれるハズ。


ハイ、ちょいとヲタク話になります。(笑)










ちょうど20年前、1991年のル・マン24時間耐久レースで初めて勝った日本車。




今でこそモータースポーツというものが、昨今の車離れもあり非常に一部の世界のお話になってますが、この頃は世界中で日本車が大暴れしていた頃デス。


そーですネ、世界のモータースポーツシーンでは、F1でいえば、マクラーレンホンダが4年連続コンストラクターズタイトルを獲り、セナが3回目のチャンピオン、日本人F1ドライバーのパイオニア中嶋悟が引退って年ですかネ。

WRCではランチャ全盛期でしたが、セリカやギャランVR4、レガシィ、マツダ323なんてのが参戦健闘してた頃。特にサファリだけは強かった。




だが、ル・マンに関しては、日本車が海外レースで活躍して当たり前的な感があったにも関わらず、優勝目前にしながらトヨタやニッサンの大本命が崩れる。なんて事が繰り返されました。



そんな日本車の中でもMazda787Bは決して優勝候補では無く、いや、ロータリーエンジンなんかで勝てないとまで言われる。
(ルマン優勝の事実から「当時の4ローターが速かった!」なんて神話めいた幻想を語る人が居るが、当時現在のWECのように開催されていたWSPC(スポーツプロトタイプカー世界選手権)では後方を走り、旧式のプライベーターポルシェにさえ周回遅れにされ、全く勝負にならない車だった。)



そして、Cカーの規定(ル・マンに参戦出来る車輛規定)変更でロータリーエンジンで参戦出来るのは、この91年が最後の年でした。

マツダの魂としてロータリーに拘って長年挑戦を続けてましたが、ゆえに最後の挑戦。



それが、優勝ですよ。











他のチームがナメてるのを良い事に、この年にマツダのチームアドバイザーを勤めたルマンの英雄「ジャッキーイクス」がロビー活動で勝ち取った「170kgのハンデ」の功績がデカイと個人的には感じてますケドw

そのオーバーハンデを持って「勝てる」と確信し、マジか?っていうハイペースで他のチームを翻弄し、敵の自滅で得た棚ぼた勝利のように見えるけど、完全に戦略で勝ち取った勝利。



結果が全ての世界ですからネ。




広島の方には申し訳なく、マツダファンでも無い私ですが、、、


この偉業を達成した時の感動は強烈に覚えております。







ゴール時には、今年の「なでしこ」のように、皆、TVに釘付けになってこのレースを見守ってたんじゃないでしょうか。。。










前置きが長くなりましたが、、、










その787Bが20年の時を経て復活!








ル・マン24時間レースの舞台「サルテサーキット」を走る!という事が実現したんですネ。





しかも、チェッカーを受けたフィニッシュドライバー「ジョニー・ハーバート」がドライブ。













今となれば、Hパターンなミッションが懐かしいですが、ロータリーってこんなエエ音してたっけか?

テンション上がりますw








単に復活させて転がしただけや無いよなぁ、ちゃんと踏んでるし。


しかし、よく火が入ったもんや。

なんて思ってると、レストアと共に新たに組み上げたよう。









復活に向けてマツダの技術者の方々は相当な努力をされたハズ。

脱帽。熱いっす♪










そして、お気付きの方もおられるかと思いますが、最後の表彰台のシーン。


当時、ジョニー・ハーバートはフィニッシュ後、酷い脱水状態で優勝したにも関わらず表彰台に立つ事が出来ませんでした。

翌年、ジョニーを表彰台に立たせる為にジャッド製V10レシプロエンジンを積んで再び挑戦するも4位。
結局その願いは叶わず。





それを20年の時を経てのサプライズ。


感慨深いデス。。。












91年のMazda787Bによる日本車初優勝以来20年間、日本車はル・マンで一度も優勝していません。
(95年に関谷正徳がマクラーレンで日本人として初めて優勝、2004年にチーム郷がアウディで荒聖治と共に日本チームとして優勝はありましたケド。)

あれは改めて偉業やってんナ~と感じます。








震災の事もありますが、20年目の今年に787Bを招致したル・マン24時間レース主催者、それに期待以上に応えたマツダ、そして当時のチーム関係者、、、


粋ですよネ~。










と、カナリかいつまんで書いてますが、いろんな事を想い出してしまい。。。



ご興味ある方は現在発売中の「Racing On」最新号で特集が綴られてますのでご覧ください。

$広告屋のハヂメ。
Racing On 454

マツダ公式「ル・マン24優勝20周年記念スペシャルサイト」。













そんなこんなで、確かに20年前、マツダをリスペクトしたハズですが、、、


未だマイカーにした事が一度も無いのはナイショですw























PS.
台風直撃の最中ですが、本日3日、筑波サーキットでデモランを行う予定デス。http://www.media4tai.com/special/index.html

PS.
本日のデモラン、筑波からの速報↓。結局ドライやしw


PS.
↑のキチンと編集版w




PS.
以下、興味がありましたら。

10年ほど前に放送されたプロジェクトX 第29回
「ルマンを制覇せよ」 ~ロータリーエンジン 奇跡の逆転劇

1、http://youtu.be/0y86Alhrj9s
2、http://youtu.be/4hLaDmIDXIs
3、http://youtu.be/7NIcsEQgwYY


地元のローカルニュースでも復活の事が扱われてたり。
http://youtu.be/dyCUoNuY4BM