東京リビングストーン教会礼拝説教
主題 神の不思議な計画


23そこで、ユダヤ人たちは日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来た。パウロは、朝から晩まで説明を続けた。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。 24ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった。 25彼らが互いに意見が一致しないまま、立ち去ろうとしたとき、パウロはひと言次のように言った。「聖霊は、預言者イザヤを通して、実に正しくあなたがたの先祖に、 26語られました。『この民のところへ行って言え。あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、/見るには見るが、決して認めない。 27この民の心は鈍り、/耳は遠くなり、/目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、/耳で聞くことなく、/心で理解せず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない。』

23節からを見ると、パウロの言葉に興味を持ったユダヤ人たちが日を決めて、パウロの宿舎にやって来ました。パウロはもちろん、牢屋に監禁されているものの、完全な監禁状態ではありませんでした。面会も許されており、多くのユダヤ人がパウロを訪問し、そこで神の言葉を語ることを許されたのです。しかし、24節には、あるものは受け入れたが、他の者は信じようとしなかったとあります。しかも、24節にある「受け入れた」というのは言語では「説得させられた」という意味であり、ユダヤ人達は積極的な意味で、自ら進んでイエスをメシアを受けいれた訳ではありませんでした。私達はパウロの失望と落胆を考えてみることができます。ユダヤ人として最も近い存在であるユダヤ人に宣教しても、多くの人々が受け入れなかったのです。

しかし、パウロは単に感情的な悲しみで終わるのではなく、それが、神の計画であり、神が預言されたものであることを旧約聖書イザヤ書を引用しながら語りました。それが25節~27節です。

ユダヤ人は神の言葉を受け入れず、何よりも、人となられた神の言葉、イエス様を受け入れませんでした。ヨハネによる福音書にある通り、言は世に来たが、世は言葉を受け入れなかったのです。そして十字架に付けて殺してしまいました。しかし、驚くべきことは、ユダヤ人のその心の頑なさのゆえに、十字架の贖いの御業は成し遂げられました。

神はユダヤ人の心の頑なさをも用いて、神の救いを成し遂げました。

神はご自身の御言葉を世界に伝えるために、いつの時代においても特別な計画をもっておられると信じます。私達は今日で使徒言行録の説教を終えますが、私達は歴史を通して、この後キリスト教がどのように広まるのかを知っています。使徒パウロはこの後どうなったのでしょうか?ルカはその点を明らかにしていません。パウロがいつ、どのように死んだのか、明確にはされていません。ある節では、この時ローマで捕らわれていますが、後に解放されたという説もあります。そして、パウロはローマ書に書いてある通り、当時の地の果てであるスペイン、イスパニアに行き、そこで宣教したという説があります。その後に再び捕らえられ、いずれにせよローマで殉教の死を遂げます。最初のキリスト教徒迫害をしたローマ皇帝ネロの時代にパウロもペテロも殺されたという話が有力であります。キリスト教はローマ帝国において、10回の大迫害を経験しました。しかし、数多くの迫害の中でも神の国の拡大を妨げることはできませんでした。

パウロは鎖につながれていましたが、福音の力は鎖につなぐことはできませんでした。数多くの迫害にも関わらず、福音はヨーロッパ中に広まっていきました。当時はローマ帝国が地中海世界を支配していたので、一つの国でした。それゆえに、ローマまで通じ、ローマから始まる数多くの幹線道路を通して宣教師たちは福音宣教にローマの道路を用いたのです。さらに、ローマ帝国という統一帝国の存在により、公用語としてのギリシャ語、ラテン語が用いられました。それゆえに、ギリシャ語で書かれた聖書は数多くの人々に読まれるようになりました。ローマ帝国という地中海の統一世界の平和を、クリスチャン達は最大限に用いて福音を伝えました。

そして、AD313年、最初のクリスチャンローマ皇帝であるコンスタンティヌス皇帝により、ミラノ勅令が発布され、キリスト教の信仰の自由は認められました。そしてさらにAD391年、キリスト教はローマ帝国の国の宗教になりました。もちろん、国家権力と手を結んだことで、後のローマカトリックの堕落があるのは確かですが、ヨーロッパは福音化されました。

そしてそれはイギリスを超え、アメリカに伝わり、更にはアジアへと伝わって来て、私達もまた、神の言葉の恩恵にあずかっています。それは約2000年前に密かに始まった初代教会とそのクリスチャン達の情熱とビジョンにより世界は変えられてきました。今も変えられています。パウロはこの時点でもはや二度と外に出ることなく、殺されたのか、それともスペインまで行けたのかは分かりません。いずれにせよ、使徒パウロは偉大な福音宣教者でした。

「宣教」の意味

私達は、最後に、使徒言行録で表された『宣教』という言葉について考えてみなければなりません。
David Boschという宣教学の教授は、神は「宣教」の神であると言いました。そもそも宣教とは、英語ではmissionと言います。これは、もともと「派遣されること」「派遣される人の使命、目的」という意味があります。聖書全体を見てみれば、神は人々を派遣しました。神はアブラハムを選び、約束の地に向けて「派遣」しました。また神はモーセを選び、エジプトのファラオの元に派遣しました。神は少年ダビデを選び、サウル王の元に遣わして奉仕させました。神はネヘミヤを選び、エルサレムの城壁を再建させるために、ペルシャから派遣しました。何より重要なのは、父なる神は御子イエスを世に派遣しました。さらに、父と御子イエスは聖霊を世に送られました。三位一体の神の中に、「遣わす」ものと「遣わされる」ものとの関係が既にあるのです。このようにして、「宣教」という意味は、ただキリストの教えを伝えるという意味以上のものがあります。そこには、神がその人を送り出すという意味があります。自分が行きたいから行くのとは違います。神の特別な使命を成し遂げる為に出ていくことです。また、今まで自分が慣れて親しんだ場所ではない、自分の故郷、ホームグラウンドではない場所に行くという意味もあります。例えば、私は牧師ではありますが、宣教師ではありません。日本人として日本で福音を伝えているからです。しかし、炳秀先生や尹先生は牧師であると同時に宣教師です。なぜなら、韓国というホームグラウンドから日本という別の国に派遣されて、福音を伝えているからです。もし私がアフリカに行って福音を伝えるならば、私はその時宣教師になります。しかし、私も含めて、ある意味、全てのクリスチャンは宣教師です。なぜなら、人がクリスチャンになるということは、その人の真の故郷、ホームグラウンドは、この日本でも韓国でもなく、天の御国になるからです。だから、全てのクリスチャンは宣教師です。日本も韓国も、私達のいるべき真の故郷ではなく、私達の故郷は天国であり、今、私達はこの日本に、韓国に、それぞれの国に派遣されていると考えることができるからです。イエス様は父なる神によって世に遣わされました。その時、天の栄光を捨て、人間としての体の弱さを身にまとい、世に来られました。

全ての人は宣教師

全ての人には、全ての人の慣れ親しんだ場所があります。私達が神によって送り出される時、イエス様がそうであったように、自分の慣れている領域、そのエリアから一歩外に踏み出すことを意味します。私が兄弟姉妹と共に分かち合いたいのは、今年、2017年、イエス様が私の為に、天の御国、父なる神と永遠に共にいる場所から外に出て、世に遣わされ、人々に奉仕されたように、私達もまた、自分のエリア、自分の領域から一歩外に出て、神が与えられた使命の為に用いられることを願います。英語でComfort zoneという言葉があります。自分にとって居心地の良い場所という意味です。誰しも居心地の良い場所があります。モーセにとって、エジプトの王宮は居心地の良い場所だったでしょう。パウロにとって、ユダヤ人の間に留まることは、全ての人がパウロの律法学者としての学歴や地位を認めてくれるという点で、居心地の良い場所だったでしょう。しかし、全ての聖書に出てくる信仰の人々は、神が自分に与えられている恵みを悟り、行動する時に、自分の居心地の良い場所から、そうではない場所に一歩、二歩と足を踏み出して行きました。それで、神の大きな業のために用いられました。もし、創世記のヨセフがエジプトに奴隷として送られなければ、ヤコブの家族は飢饉で死んでいたでしょう。もし、モーセがファラオの元に送られなければ、イスラエル民族は永遠に奴隷でした。もし、ダビデがサウル王の元に派遣されなければ、いつまでもゴリアテを倒すことはできませんでした。もし、パウロがヨーロッパに派遣されずに、アジアに派遣されていたら、世界の歴史は変わっていたでしょう。もし、私を教会に誘ってくれたクリスチャン、私に福音を伝えてくれたクリスチャンが、私の元に遣わされていなかったら、私は永遠の滅びの中にいたはずです。誰かが、神に遣わされて、送り出されて、人々が変わり、世界が変わりました。イエス様が天の国からこの世界に派遣されて、世界の歴史が変わりました。神の子であるイエス様が世に遣わされた人ならば、同じ神の子であるクリスチャンも世に遣わされた宣教師であります。そして、父なる神様は、世に送り出されるクリスチャンが、十分な力と恵み、慰めと励ましを頂くことができるように、聖霊様を世に送られました。そして永遠にクリスチャンと共にいて下さるお方、ギリシャ語でパラクレートス、その意味は「弁護者」「慰め主」「常に共にいて下さるお方」であります。

28だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです。」30パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、 31全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。

28-31節には、使徒言行録の最後の部分が語られています。パウロは、神の国を述べ伝え、キリストについて教え続けた。ここで終わります。その後、いつ死んだのか、その後どうなったのか、ローマ教会は、どうなったのか、書かれていません。ただ、キリストの福音が教え続けられたとして終わっています。それは、まるで未完成のような、ある意味中途半端な終わり方です。結論もない、結果もない終わり方です。なぜなら、その働きは後の世代に受け継がれているからです。その後の全ての時代は、使徒言行録29章であり、30章であり、続けて天の御国に記されている宣教の歴史です。それは今、この時代の日本にもつながっています。歴史は過去と現在と未来をつなげています。私達はペテロやパウロ達が歩んだ歴史の延長線上にあります。同じキリストの福音を信じ、同じキリストの福音によって変えられ、同じ聖霊が共におられて、私達は歩んでいます。どうか、私達もまた、明日から遣わされる全ての場所が、その人なりの宣教の地、ミッションの地であります。そこはただ一人ぼっちで行くのではなく、主と共に行かれる場所です。使徒言行録1章8節は、命令ではなくて、約束です。地の果てに至るまで、主の証人になりなさい、と命令していません。主の証人になると神が約束しておられます。大切なのは、その主の証人になるという神の約束を信じるか、どうかです。私達が行く全ての場所において、主が使徒言行録1章8節で約束された聖霊と共に、聖霊の力を頂き、地の果てに至るまで主の証人として遣わされる私達になることをお祈りいたします。


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