高田馬場リビングストーン教会礼拝
ルターの『ガラテヤ書講解』序論のまとめ
命題1
“福音は私達の「罪」に対する赦しを与えるだけではなく、キリストが人生を通して成し遂げたの完全な「義」を得ることで、神に完全に受け入れられることを意味する。”
キリストは私達の代わりに「死んだ」だけではなく、私達の代わりに完全な人生を「生きた」のである。それゆえに、私達は信仰による罪の赦しを得るだけではなく、神による完全な「受容」をも得ることになる。キリストが生きた完全な人生の記録は、今や私達のものになっている。命題2
“福音(キリストによる義)に対して代わりうるものは、人間の『行いによる義』以外にはない。”
エデンの園においてサタンがアダムとエバを説得したのは、彼らの知恵と力によって彼らも神のよになれるということであった。その結果、全ての人がキリストの助けを受けようとしないまま、悪と罪から自らを贖うために自分の目に良い道を歩んでいる。全ての人が熱心に努力することにより自尊心(自分なりの「義」)を得ようとしている、なぜなら、人類の堕落以来、恥と罪の感覚を受け継いでいるからである。私達に必要なのは、いちじくの葉ではなく、皮の衣、キリストの義の衣である。関連リンク
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