高田馬場リビングストーン教会礼拝説教
主題『主よ、どうしたらよいでしょうか』


イエスが主なる神であるということを知った後は、パウロは今までの生き方、考え方が180度ひっくり返されたような経験をした。
主が誰であるかを知った後に、自分はどうしたら良いのかということを強く考えさせられた。
今までの自分ではいられない。今までの自分の姿では生きられない。自分は変わらなければならない。そのような恵みが最近あるでしょうか?

イエスはありのままで私達を受け入れられる。しかし、私達がイエスの元に留まる時、私達はありのままではいられなくなると、ある人は言いました。イエス・キリストの中に、人生を180度変える力があるということです。

多くの人々が人生を変える力を求めています。そのための本を読んだり、セミナーに参加したりします。ある宗教は精神の鍛練や瞑想を通して、自分自身を変えようとします。しかし、自分を変える力は自分自身の中にはありません。私達罪人には、自分を変える力はないのです。力はイエスの中にあります。イエスがご自身を私達罪人に表わされる時に、私達の人生は180度ひっくり返されるのです。
私達はどうなんでしょうか?すでにイエスを信じました。洗礼を受けました。毎週礼拝に通っています。QTも毎日ではないけれどもやります。平日も礼拝に参加したり、聖書を勉強したりします。自分は十分、クリスチャンとして生きているんじゃないか。自分は牧師として礼拝でメッセージもしている。人々に聖書も教えたりしている。自分は神に従っているんじゃないか。自分は執事として奉仕をしている、献金もしている。自分はそれなりにクリスチャン人生を歩んでいるんじゃないか?
私たちは、すでに信仰生活を送りながら、毎日をお決まりの流れの中で、お決まりの生活パターンの中で、お決まりの考え方のパターンの中で、習慣の中で、生きていないでしょうか?そして、これがクリスチャン生活だと思っていないでしょうか?クリスチャン生活なんてこんなもんだと思っていないでしょうか?クリスチャンとして歩んできた今までの生活を、これからも同じように歩んで行くんだと思っていないでしょうか?私もそういう風に思うことがあります。私は、個人的に、もし私の人生の中にそういうパターンや習慣やルールがあるとするならば、イエス様にそれを完全に壊して、新たに作り直して欲しいと願います。

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