リビングストーン教会礼拝説教
主題:献金の勧め
同じ献金についてのさらに詳しい勧めは、コリントの信徒への手紙二の8、9章にあります。そこを読むと、マケドニア、つまりギリシャの北部の諸教会でも既にこの献金が始められていることが分かります。Ⅱコリント9:6つまり、こういうことです。惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。9:7各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。9:8神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。
実に、これはエルサレムの教会に捧げる献金を準備するためにパウロが前もってコリント教会の人々にチャレンジしている箇所なのです。次は、ローマの信徒への手紙の第15章25、26節です。
ローマ15:25しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。15:26マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。
この手紙は、コリントの信徒への手紙よりも後に、パウロがエフェソを去ってコリントに滞在している間に書かれたものです。彼はここで自分のこれからの計画を語り、まだ会ったことのないローマの教会を訪ね、さらにはイスパニア、今日のスペインにまで伝道の足を伸ばしたいという願いを語っていますが、しかし今はまず、エルサレムへ行かなければならないと言っています。その理由が、マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに同意したからなのです。アカイア州の人々というのはコリント教会の人々のことです。彼らの献金を届けるために、パウロはエルサレムへ行こうとしているのです。先ほどのコリントへの手紙では、自分も行くかどうか決めかねていましたが、ここでは、自分自身が行く決意を固めています。マケドニア州とアカイア州、つまりギリシャの諸教会と、さらに先ほどのガラテヤを含めれば小アジアの諸教会にも彼が勧めて集めた献金を届けるために、彼は死ぬことをも覚悟してエルサレムに上ろうとしているのです。
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