リビングストーン教会礼拝説教2016.7.28

主題 律法の意味
1.律法は私達に神の基準を示す
2.律法は私達の罪を示す
3.律法は私達の救い主を示す

イエスは律法の完成者
イエスは言われます。“心が頑なな私達は離縁が律法で許されている。”しかし、私は言う、“私が来たのはあなたの心の頑なさを取り除くためである。私が来たのはあなたの罪の為に死ぬためにである。私が来たのはあなたを義とする為である。私が来たのは、“結婚が、頑なな罪人に対する、私の犠牲的な、契約を守り通す神の愛の表現”であることを示すためである。私が来たのは、夫婦の結婚生活であれ、独身生活であれ、それぞれの生活を清く保つ力を与えるためであり、結婚という契約関係がどれほど聖なるものであるかをあなた方に示すためである。

神のご自分の民に対する限りない契約の愛
士師記 2:1主の御使いが、ギルガルからボキムに上って来て言った。「わたしはあなたたちをエジプトから導き上り、あなたたちの先祖に与えると誓った土地に入らせ、こう告げた。わたしはあなたたちと交わしたわたしの契約を、決して破棄しない、

エレミヤ33:20「主はこう言われる。わたしが昼と結んだ契約、夜と結んだ契約を、お前たちが破棄して、昼と夜とがその時に従って巡るのを妨げることができないように、33:21わたしが、わが僕ダビデと結んだ契約が破棄され、ダビデの王位を継ぐ嫡子がなくなり、また、わたしに仕えるレビ人である祭司との契約が破棄されることもない。33:22わたしは数えきれない満天の星のように、量り知れない海の砂のように、わが僕ダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人の数を増やす。」

ホセア 11:8ああ、エフライムよ/お前を見捨てることができようか。イスラエルよ/お前を引き渡すことができようか。アドマのようにお前を見捨て/ツェボイムのようにすることができようか。わたしは激しく心を動かされ/憐れみに胸を焼かれる。

旧約のイスラエルの歴史を通して表された神の限りない愛、あきらめない愛、犠牲の愛こそが、キリストが教会の体になるクリスチャン一人一人に示された『十字架の愛』の姿であり、キリストが血の犠牲を通して結ばれた教会との連合こそ、『男女が一つになる』という結婚の表現である。それは神のなされた業であり、人間の意思により結ばれるものでも、引き離されるものでもないことを心に留めましょう。

結婚の意味
男女の結婚の本当の意味は、キリストと教会との間に結ばれた契約の愛が何であるかを示すためです。

エフェソ5:30わたしたちは、キリストの体の一部なのです。5:31「それゆえ、人は父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。」5:32この神秘は偉大です。わたしは、キリストと教会について述べているのです。

結婚生活を通して、神のご自分の民に対する限りない契約の愛を示すことが、クリスチャンにとっての結婚生活の意味です。もしキリストがご自分の教会を見捨てたことが一度でもあるならば、夫は妻を離縁しても良いでしょう。もし血によって買い取られた教会が、新しい契約のもとで、キリストの花嫁であることを止めることがあるならば、妻は合法的に夫を離縁しても良いでしょう。しかし、キリストがその花嫁であるクリスチャン達、教会との契約を守り続ける限り、キリストの体なる教会が選ばれた主の民であり続ける限り、そこには結婚の意味が含まれています。“神が結び合わせたものを、引き離してはならない”(説教:小倉隆志牧師)

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