私はよく絵を描く子であったらしい


私の表現に関する記憶が始まっているのは、幼稚園児の頃。

年少さんの時、お芝居で、一番最初から最後まで出ているうさぎの役だった。

「しっかり出来る」子だったからのようだけど

私自身楽しかった。

年長さんでも大きな紙芝居を皆で読むセリフの長い役を任せられた。

セリフが長いというか…

やってる途中にどんどん長くなっていった。

リュックの中身をしゃべるセリフなのだが、

当時おしゃまさんだったSちゃんが、

先生にどんどん提案するのだ。

「あ!先生!お菓子も入れたらいいんじゃない?」
「クシも持って行こうよ!」

大きな紙芝居(模造紙)のリュックにドンドン荷物が追加されて書き足されていく。

それが一度や二度でないので

「そんなにいうなら、自分で喋ればよいのに」

と幼心に思ったのと、

そのとき塗っていたリュックの中身の空間のクリーム色(黄色に白を混ぜるということになぜか違和感を覚えていた)を覚えている。

後から聞いた話だが、その発表会前、

私はチック症にかかっていたらしい。

でも、私の中にはプレッシャーで辛かった記憶とかはないので、

成功体験として記憶が改竄されたのかも知れないは知れないけど、

とにかく、仕事に対しての「任務完了の達成感」はこの時に出来上がったのか、元々の素質なのだろう。


絵については、

いつの時代も幼稚園児はアイドルとお姫様に憧れるもんだが、

案の定お姫様を書くのが流行っていて、

他の子の描いたお姫様を見ながら、

自分のお姫様が一番可愛い、

と思っていたのを覚えている。



日常生活の表現については

家族の関係で外食の出来なかった我が家。

友達に「マクドナルドごっこしよー」と言われ、

うん、と答えたものの

「マクドナル」も知らなきゃ「ドライブスルー」の仕組みも知らなく、

(今考えりゃ「知らない」の一言でいいのに)

気まずい思いしながら一緒に遊んだのを覚えている。

その頃からイエスマンで、「知らない」ということが恥であった。

これはいまだにちょいちょい出てくる。

そのハッタリが良い印象を与えることもあるし、墓穴を掘ることもあるみたいだ。

まー長所は短所ってやつだな。


エロについて

アート表現者として関係ない?

いやいや、私にとってはエロは表現と切り離せない部分だ。

母親の友達が家に遊びに来ているとき、

影でなんとなく自分の性器を触っていたら

突起物をみつけ(今思えばク○ト○ス)

「ああ、これがおちんちんになるはずだったもので、

自分は男になりきれなかった不完全体何だ」

もしくは

「これからこれがおちんちんになるんだ」

って思ってた。

男脳な私、そして生物学的にも外れてはいないのが、さすがだな!

そのとき、何ともいえない気持ち悪さが湧いてきて、

背徳感を感じて、だまって母親の背中にしがみついたのを覚えている。