はじめに
2021年8月17日、東京の多摩動物公園で飼育されていたシャモアのモンブラン(オス、2006年生)の訃報がありました。
多摩動物公園が日本唯一の飼育で、最後の個体だったモンブラン。彼は、私にとってお気に入りの個体だったことに加え、
私の地元、三重県にあったカモシカ専門動物園、日本カモシカセンター(1960~2006)で生まれ育った個体で、
数少ない生き残りということもあり、特別な存在でした。
今回はシャモアのモンブランを偲んで、2回に分けてシャモアやモンブランのことをご紹介していきます。
1 シャモアについて
シャモア(Rupicapra rupicapra)は、ヨーロッパのアルプス山脈やアペニン山脈、トルコのカフカス山脈などの岩場や草原などに生息するウシ科の一種です。ニホンカモシカに比較的近いグループで、狭義の「カモシカ」の仲間です。
写真はモンブラン(オス、2006~2021年)、2017年8月15日、多摩動物公園にて撮影
釣り針のように湾曲した1対の角と、スレンダーな体形、歌舞伎の隈取のような顔の模様と、
気品あふれる姿が特徴的です。
写真はシャモアの剥製(三重県総合博物館所蔵、日本カモシカセンターにて飼育された個体、三重県総合博物館にて撮影))
岩場での運動能力が優れており、一跳びで数メートル跳躍できるなど山岳地帯の生活に適応した体のつくりをしています。
また、立派な角を有するからか、ヨーロッパでは狩猟の対象になっている場所もあります。
また、ニュージーランドにも狩猟目的として移入され、一定数定着しているようです。
2 国内でのシャモアの飼育の歴史
主な生息地域がヨーロッパのシャモア。馴染みがあまりないためか、国内の動物園ではなかなか飼育されてきませんでした。
1980年12月、日本カモシカセンターがアメリカとの動物交流でニホンカモシカを贈った返礼で、アメリカのサンディエゴ動物園から来園したのが日本の動物園初の導入でした!
標高1212mの御在所岳の山頂付近にあったセンター。その環境が彼らにとって適していたのか、
贈られたシャモアは順調に環境になれ、1986年には国内初繁殖した個体が無事成長したことで、繁殖賞※が贈られました。
1992年にセンターから発行された、ガイドブック「かもしかずかん」によると、野生の暮らしぶりに合わせて、
メスとその子は仲間と一緒に大きな放飼場で同居していました。一方、成熟したオスは縄張り意識と闘争心が強く、フェンス越しにオス同士の喧嘩が起こるほどだったそう。そのため、1個体ずつ飼育場で管理していたとありました。
センターで飼育されていたオスのシャモア。この個体は、撮影直後、こちらにめがけて全速力で突進をかましてきました…!
カモシカたちと私たちとの間は金網1枚のみ。彼らの匂いだけでなくエキサイティングな出会いのある園でもありました。
同ガイドブックによると、1992年12月時点では、他に姫路セントラルパーク(兵庫県姫路市)、大町山岳博物館(長野県大町市)でも飼育されていました。大町由来の個体が来園するなど、ある程度血統の更新もされていたようでした。
しかし、2006年、センター閉鎖が決定した時点では、同センターに
オス5個体(ウォーター、ウォーク、ドリーム、ヤックル、モンブラン)、メス1個体(アルプス)の合計6個体を残すのみになっていしまいました。
オスのヤックル。閉鎖した2006年に、メスのアルプスとの間に、モンブランをもうけた父親。
父親とはいえど、繁殖期以外はメスと別行動のためアルプスとモンブランとは分けられていました。
センター閉鎖が決まり、オスのヤックルとメスのアルプス、そのこどものモンブランは東京の多摩動物公園に引き取られ、残るオス3個体は岩手サファリパークなどに転出したそうですが、確実に生存が確認できていたのは多摩動物公園のみでした。
※繁殖賞
国内の動物園・水族館で、国内で初めて繁殖に成功した種に対して、日本動物園水族館協会から贈られる賞。
自然繁殖、人工保育・孵化、人工授精による誕生などいくつかの区分があります。
日本カモシカセンターでは、シャモアの他に、ゴーラル、タイワンカモシカ、スマトラカモシカで繁殖賞を受賞しています。
その他の繁殖賞のリストは以下のURLから閲覧できます。
https://www.jaza.jp/assets/document/about-jaza/protection-nature/h29_hansyoku_list.pdf
3.モンブランの故郷
これまで何度もワードが出ている、シャモアのモンブランの故郷、日本カモシカセンター。
センターのことを軽く説明しようと思います。
1960年に設立され、惜しまれつつも2006年に閉鎖したセンター。
それは世界でも類を見ないカモシカに特化した動物園・博物館でした!
標高1212mの御在所岳山頂付近にあったセンター。1960年に、個体数が減少したニホンカモシカの繁殖施設として設立されました。
戦後、上野動物園などでカモシカの飼育と繁殖の試みがなされていましたが、急な環境変化や捕獲や輸送時のストレスなどで悉く短命に終わってしまい、飼育どころではありませんでした。
それを受けて、上野ではいったん諦め、彼らの生息地である、山間地や森林地帯での飼育と繁殖がおこなわれるようになり、
その1つがこのセンターでした。
(同様の経緯で飼育を始めた場所として、神戸市立森林植物園(兵庫県神戸市)や大町山岳博物館(長野県大町市)などがあります。)
その結果、1962年、野生捕獲されたゴン(オス)とドラ(メス)との間にチコが誕生し、世界で初めて飼育下繁殖に成功しました。
世界で初めて繁殖に成功したチコと、両親のゴンと、ドラのパネル。(三重県総合博物館にて撮影)
それから順調に飼育実績と繁殖を重ね、国内の他園に搬出したり、外国との動物交流で海外にも出すことで飼育下での保全に力を入れていました。
その時に返礼として世界のカモシカたちが集まり、カモシカ専門動物園となりました。
彼らの生息地である山地に位置していたためか、様々なカモシカたちがここで暮らし、多種の繁殖にも成功していました。
サンディエゴ動物園からは、シャモア以外にも、ジャコウウシ(Ovibos moschatus)(1986~2001まで飼育)やサイガ(Saiga tatarica)(1984~1994まで飼育)も贈られています。
ジャコウウシの剥製(三重県総合博物館蔵、日本カモシカセンターの飼育個体、三重県総合博物館にて撮影)
サイガの剥製(写真は1994年に死亡した国内最後の個体、「ロシアン(オス)」。三重県総合博物館にて撮影)
現在は分類が変わり、狭義のカモシカの仲間ではなく、トムソンガゼルやブラックバックなど、ガゼル類の仲間に分類。
最盛期には、ニホンカモシカ、タイワンカモシカ、スマトラカモシカ、ゴーラル、シャモア、シロイワヤギ、ジャコウウシ、サイガと
世界最多の8種のカモシカ類を飼育していました!
また、鈴鹿山脈に生息するニホンカモシカの生息調査・研究など、地域の自然の保全などにも力を入れていました。
カモシカセンターへ行くための交通手段だった御在所ロープウェイ。運が良ければここから野生のニホンカモシカが見られることも。
センター開園時は、ここでカモシカを目撃したことを報告すると、オリジナルの絵馬と永久入園パスポートが進呈される特典がありました!
今回はシャモアについての説明と、日本での飼育の歴史、モンブランの故郷ついてご紹介いたしました。
次は、カモシカセンター時代のモンブランや両親のヤックルとアルプスのことや、
閉園後、多摩動物公園で暮らしたモンブランの様子をご紹介いたします。
参考・引用文献
東京都編 (1982) 上野動物園百年史 東京都
日本カモシカセンター (1992) かもしかずかん 日本カモシカセンター
三重県総合博物館編 (2017) 三重県総合博物館 第15回企画展 きて・みて・さわって カモシカパラダイス 三重県総合博物館