公認会計士 野田弘子の会計と経営の話し

公認会計士 野田弘子の会計と経営の話し

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会計を知らずして経営はできません。
会計は経営のツールです。

会計に携わっている経理部の方にはもっと経営に携わってほしい
経営者には会計を使いこなしてほしい

そんな思いで日々活動しています。

父が亡くなって三年半経ちました。

 

“絶対に入院しない”という父を実家で家族で看取ることができたのは、本当に周りの方たちに助けがあったからだったとしみじみと思います。

 

半年間の闘病生活でしたが、母は認知症で戦力外、実家に同居している妹も心身ともにパーフェクトではないという状況でした。

ケアマネージャーの方が中心となり、計画を立ててくださいました。母はできるだけデイケアへ。父には訪問医療、訪問看護、デイケア、ヘルパーの方、使える公的サービスはすべて利用。私も10日1回は帰省。(最後の1か月は何往復もしましたが)

加えて、私も妹も車が使えないという状況を、従姉が考えられないぐらい助けてくれました。なんといっても洗濯が大変で、コインランドリー通いはマスト、乾燥している間にスーパーに買い出し。

さらには幼馴染で同じ町内のAさんには私が帰省できない間家の様子を見に行ってもらったり、葬儀の時にも貴重なアドバイスをいただいたり、本当に助けてもらいました。

 

病院のような設備も手厚い看護もなかったですが、とにかく本人の願いはかなったのだと思います。

大学のミスコンが見直されていて、男女問わない形になるとか?

美の在り方もいろいろあっていいんじゃなかろうか。ようやくそういう時代になったんだ、と感慨深いです。

 

で、武田久美子さん である。

40年前(!)、駒場祭での東大アイドルプロデュース研究会(だったと思う)主催第1回コンテスト優勝アイドルですよ。

なぜ覚えているかというと、反対運動のチラシ配ってたから。”美しさ“を”東大“というブランドを使ってランキングをするのか!という思いでしたが、今のように”多様性”が議論になるような時代じゃなかったですからね・・・

 

それにしても 武田久美子さん。今や成熟した女性の美を堂々と表現なさっていることに感嘆します。

 

落語好きですけど、最近の落語家はあまりよく知らない。

 

子供のころは 小さん、圓生、関西だと米朝、といった師匠方たちがご活躍でした。

志ん生師匠はリアルでは聞いてなくて、息子さんの馬生、志ん朝師匠はよく覚えてます。

 

どうみても芸風の全く違う志ん生と圓生、両師匠が戦時中に満州に慰問に行って帰国できなくなったというのは本当の話で、井上ひさしさんも戯曲にされていますが、筋のようにはあまりお二人、そりは合わなかったのではないかと・・・。

 

それにしても戦後帰国するまでお二人には想像を絶する過酷な状況だったことでしょうし、日本に残されたご家族のご苦労もそれはそれは大変なことだったでしょう。

 

終戦記念日が近付く中で。