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上の写真をご覧になって
「大和」と「零戦」だとすぐにお分かりになった方
やや、軍事オタク系の方か
昭和20年代~昭和30年代の前半生まれの方ではないでしょうか?

昭和30年代、オヤジが小学校ころは、少年誌ブームでした。
どの本も見開きに「大和」「零戦」の特集が組まれていることが多く
掲載されている漫画自体も「0戦はやと」・「大空のちかい」・「ゼロ戦レッド」
「紫電改のタカ」などと太平洋戦争をテーマにしたもの多かったです。
また、プラモデルも大ブームで、大和と零戦はその定番でした。

ですから
当時の少年たちは、大和の46サンチ砲の飛距離や排水量
零戦の武装や航続距離などのカタログ的知識は豊富でした。

子供心に、太平洋戦争は米英の物量に勝てなかったが
大和や零戦は、世界一だったんだと納得しておりました。

テレビでも「0戦はやと」のアニメが毎週放映され、
「見よあの空に遠く光るもの、あれは0戦ぼくらの・・・平和守って今日も飛ぶ・・・」
なんて歌っておりました。
子供心に、撃墜されるグラマンの翼のマークが○に×で、
アメリカを表す☆がついてないのを不思議に思っていましたが
後で、戦勝国アメリカに対して日本が気を遣っているからだと分かりました。
にしても、某国と伏せてはあるが
零戦がグラマンを次々に撃墜するアニメを放映できるようになったのも
敗戦国としての呪縛から解き放たれつつある時代の到来を告げるものでした。

しかし

当時、戦争経験者の祖父・祖母・父・母・伯父さん・隣の小父さんとかに
雑誌やプラモデルを得意げに見せて、
「大和が、世界一・・・零戦の撃墜王・・」とか話しても
「戦時中は、大和なんて知らなかったな」とか
「日本の飛行機は、ほとんど見なかったな」とかで
勇ましい話は、聞けませんでした。
それで、なんとなく納得の行かないものも感じていました。

今思えば、
敗戦後20年、東京オリンピックの開催、
戦争の影も薄くなり、新生日本、豊かな国日本、世界に誇れる国日本へと
国全体が舵を取り始めたころ
社会の雰囲気が
敗戦国としてのタブーから逃れるために
戦に敗れたりと言えども技術力の結晶であった「大和」「零戦」に
世界に誇れる国日本の象徴として、再度登場を願ったのかも知れません。

特に、戦時には、大和は
日本でその存在を知っている人も少なく
艦令、わずか8年あまりで戦没してしまいましたが
それから20年後、大和は、
少年たちの心の中にその勇姿を現し
戦に敗れたりと言えども
誇れる国日本と当時の少年たちに自信と希望を与えてくれた点で
大和は、戦没しても尚
新生日本の魁としての役目を
立派に果たしてくれたのではないでしょうか。

追記

G会長のブログを拝見してましたら、大和の話題が冒頭に
それが、きっかけで、オヤジ、思うところを書かせて頂きました。
掲載した写真は、大和ミュージアムを訪れたときのものです。