古今東西の魔界・幽界話を集めた怪談レストラン
ほとんどの話が死後世界とのコンタクトを題材にしている。
この世の者ではない登場人物たち
おどろおどろしく感じて当たり前だが・・・

昨日、異国の丘さんから
オヤジの母の死生観についてコメントを頂戴したが、
確かに、母は死について語るとき、事務的とまでは言わないが
感傷的なとらえ方は一切しない。

陸軍看護婦養成所から始まった看護婦としての経験から
神や仏に祈ろうが、どうしょうが、どうにもならない。
受け入れるべきものは、受け入らなくてはならないという
死についてのスタンスが母には、すり込まれているようだ。

オヤジが子供のころ
母に幽霊の話をしても
「気持ち悪い話だね。でも、そんなものいるバズはないよ」と
にべもなく言われた。
怖いから、強がりを言っているんだなと
子供心にそう思ったのだが・・・

母は
普通の人より多くの死を看取ったという経験から
死とは、生命体にとって完全なピリオドで
その後には、何もないのでは?ということを
感じているのではないか思う。

父が入院していたころ、その病状と今後について
母は、オヤジにかなり客観的に語った。
この人、よくも、こんなことを、冷静に息子に話しができるなと
息子ながら、ちょっと引いてしまったこともあった。
そんな母でも、父が亡くなってからしばらくして
「夜中に目が覚めたとき、お父さん出てきてくれるかと思ったけど・・・」としんみりと言っていた。

これは、オヤジの私見だが
死=無という恐怖から逃れるために宗教が生まれたのではないか
怪談話も、ひょっとしたら、亡くなった人に出てきてほしい。
死=無ではないという気持ちの現れではないだろうか?

父が亡くなる寸前
息子1号が、部屋の中にホタルがいると騒いでいた。
オヤジ、もしかしてと思い実家に電話したら
やはり、父が・・・であった。

父の法事に
「いざとなると息子より孫の方が可愛いんだなあ」と
オヤジが母にその話をするたびに
「そんなことをいつまでも・・」って言いながら
にこやかな目になる。
その母の目は、昔日の現場の目ではなく
優しい婆ちゃんの目だ。

息子たちが大人買いをした「怪談レストラン」
ふと、そんなことを思うきっかけを作ってくれました。