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100円ショップの功罪か?
子供たちの小遣いで、簡単に買えるおもちゃが多くなり、
おもちゃが使い捨て状態になって散乱している。

食べ物を残したり、おもちゃを使い捨てにしたりすると
もったいないお化けになるぞ!
オヤジは、息子たちに言い聞かす。

食べ物は、「豚さんの命が...」とかでみんなしんみりとする。
食べ物に関しては、お化けの効果は抜群で、
みんなすぐに反省モードになる。

しかし、おもちゃなどは、
「生きていないだから、お化けなんかならないよ」と息子1号
「そんなことはない、長い間使われた道具には魂が宿るんだ」とオヤジ
「あれは、昨日、買ったばかりだよ」と息子1号
そこで、やむなく身体的教化指導となる。

先だって、オヤジは、M94を化粧直しするために四苦八苦したが、
射場で撃って見ると、見た目の瑕疵など、どうでもよくなった。
というのは、M94が実銃として生きていることを実感したからだ。

どうも銃を含めて道具というものは、使ってこそ、その命を実感できるのではないだろうか?
オヤジは、M94を補修する際にモデルガン的な感覚でいた。
だから、見た目にこだわっていた。
でも、実銃は、見た目に命が宿っているのではなく、実射できることに命が宿っているのだ。

オヤジは、昔から、零戦・紫電改・飛燕など、日本の大戦機が大好きだ。
子どもの頃、レストアーされた機体が○○に展示されていると聞くと頑張って見に行った。
でも、実際に見てみるとハリボテや抜け殻のような感じがした。
日本機ってこんなものかなと思った。

しかし、零戦とP51の飛行ショーを見て、そのイメージは完全に払拭された。
目の前をローパスしていく零戦。
零戦は、それまでも何度も見ているが、実際に飛行している姿を見たのは初めてだった。
それは、往年の名戦闘機の姿であった。
今思えば、それは紛れもなく生きている零戦の姿だった。

息子2・3号が、ずっーとすっぽってあった恐竜たちで遊び始めた。
恐竜たちの目がギラッと光ったような気がした。