オヤジは、たまにYahooのトイガンオークションをみて昔を懐かしんでいる。
特に、マテルのトイガンが出品されているとその銃にまつわる思い出がよみがえってくる。
オヤジの父は、専売公社(今のJT)でタバコの密輸・不正売買等の取締官をやっていた。
ある日の朝、父が母に
「名古屋港に入港した不審船の手入れを警察と一緒やることになった。
どうも相手が銃器で武装しているらしく、銃を携帯した警察官が最初に踏み込み、
その後に踏み込むのだが、相手が発砲したら、万が一のことも考えられる。覚悟しとけ」
と言っているのが聞こえた。
そんな仕事がらか、父は、強面で、言葉数も少なく、
子どもに優しいタイプの父親ではなかった。
当然、子どもとの会話もほとんどない。
しかし、ここ一番、どうしも欲しいと思ったものは、必ず、父が買ってくれた。
コンバットが流行っていたころなので、マテルのトミーガンが欲しかった。
それが、どうして父に伝わったか分からないが、
ある日、突然、父は、おもちゃ屋に私を連れて行った。
父は、「トミーガンは、音がするだけで、弾がでないが、
こっちのウインチェスターは、弾も出るし、音もするぞ。どっちがいい。」と言う。
トミーガンが欲しかったが、当時、西部劇も流行っており、
弾が出る方に魅力を感じ、ウインチェスターを選んだ。
その発射のギミックだが、バネが組み込まれている薬莢に、
プラスチックの球をおしこんで実包を完成させる。
そして、その弾を装填する。
撃鉄が実際に薬莢を叩き、プラスチック弾を飛ばす。
言わばリムファイアー式だった。
でも、何度もリロードするとプラスチックの弾を薬莢に固定するツメが削れたり、折れたりする。
ツメが2箇所あるので、多少削れたり、片方が折れたりしても、なんとかリロードできるが、
突然暴発することもあった。
威力は、2胆茲離泪奪組△鯏櫃擦訥?戞E?燭辰討眥砲ない。
家に帰ったら、父は、早速、マッチ箱を標的にして、こうやって狙うんだといって射撃のレクチャーをしてくれたが、ほとんど自分で遊んでいた。
巻き火薬を薬室に装填すると、発射と同時に音もするが、
部屋が火薬臭くなるというので母から禁止された。
後で、母親が言っていたが、
「あんなアメリカ軍の宣伝映画を子どもに見せるな」と父は、よく言っていたそうだ。
トミーガンとウインチェスターでは、弾が出る出ないでないというちがいもあったが、
父は、「コンバット」は好きではなかったようだ。
まだ、大東亜戦争の影が残っていた時代だった。
特に、マテルのトイガンが出品されているとその銃にまつわる思い出がよみがえってくる。
オヤジの父は、専売公社(今のJT)でタバコの密輸・不正売買等の取締官をやっていた。
ある日の朝、父が母に
「名古屋港に入港した不審船の手入れを警察と一緒やることになった。
どうも相手が銃器で武装しているらしく、銃を携帯した警察官が最初に踏み込み、
その後に踏み込むのだが、相手が発砲したら、万が一のことも考えられる。覚悟しとけ」
と言っているのが聞こえた。
そんな仕事がらか、父は、強面で、言葉数も少なく、
子どもに優しいタイプの父親ではなかった。
当然、子どもとの会話もほとんどない。
しかし、ここ一番、どうしも欲しいと思ったものは、必ず、父が買ってくれた。
コンバットが流行っていたころなので、マテルのトミーガンが欲しかった。
それが、どうして父に伝わったか分からないが、
ある日、突然、父は、おもちゃ屋に私を連れて行った。
父は、「トミーガンは、音がするだけで、弾がでないが、
こっちのウインチェスターは、弾も出るし、音もするぞ。どっちがいい。」と言う。
トミーガンが欲しかったが、当時、西部劇も流行っており、
弾が出る方に魅力を感じ、ウインチェスターを選んだ。
その発射のギミックだが、バネが組み込まれている薬莢に、
プラスチックの球をおしこんで実包を完成させる。
そして、その弾を装填する。
撃鉄が実際に薬莢を叩き、プラスチック弾を飛ばす。
言わばリムファイアー式だった。
でも、何度もリロードするとプラスチックの弾を薬莢に固定するツメが削れたり、折れたりする。
ツメが2箇所あるので、多少削れたり、片方が折れたりしても、なんとかリロードできるが、
突然暴発することもあった。
威力は、2胆茲離泪奪組△鯏櫃擦訥?戞E?燭辰討眥砲ない。
家に帰ったら、父は、早速、マッチ箱を標的にして、こうやって狙うんだといって射撃のレクチャーをしてくれたが、ほとんど自分で遊んでいた。
巻き火薬を薬室に装填すると、発射と同時に音もするが、
部屋が火薬臭くなるというので母から禁止された。
後で、母親が言っていたが、
「あんなアメリカ軍の宣伝映画を子どもに見せるな」と父は、よく言っていたそうだ。
トミーガンとウインチェスターでは、弾が出る出ないでないというちがいもあったが、
父は、「コンバット」は好きではなかったようだ。
まだ、大東亜戦争の影が残っていた時代だった。