休みが取れたので、射撃場に行こうと思ったが、
風が強く、UFOと化したクレーを撃つ技量はないのでやめた。
(射撃場に行ってみると風が思ったより強くないということもあるが)

そこで、久しぶりに、しばらくオクラ入りになっていたラジコンヘリを整備することにした。
今は、射撃に夢中で、飛ばす機会が少なくなったが、ちょっと前まで電動ヘリに凝っていた。

電動ヘリは、エンジンヘリに比べ調整が難しい。
しかし、その分、うまく飛んだときは感動だ。

部品もネットで海外から買ったり、
ラジコン雑誌に自作の機体を投稿したりするなど、かなりはまっていた。
しばらく、更新していないが、今でも、電動ヘリのホームページを開いている。

久しぶりに寝食を忘れて機体をいじってたら、
(オヤジが晩飯を作るとかみさんに約束していたのをすっかりと忘れていた)

かみさんから
「明日から、子供たち、学校が始まるのですけど、あなたは、いろいろな趣味をお持ちで、時間を忘れられていいわね。」と優しいクレームがついた。

優しい雰囲気のうちにクレームの処理をしておかないととんでもないことになるので、
オヤジは、素早くテーブルに散らかってる部品を撤収し、行動に移ったのだった。

さて、そこで、前おきが長くなったが、趣味について考えてみた。

高齢社会を迎えた日本では、仕事をリタイアした人が趣味を持つことはいろいろな意味で大切だ。
昨今、NHKの趣味講座をはじめ出版物等にも趣味紹介・何とか入門などを目にする機会も多い。

オヤジの仕事は、定年がないから、生物学的に動けなくなるまでリタイアできない。
やることがないと惚けるという意味あいでは、趣味は必要ない。
仕事をしてれば惚ける心配はないからだ。

では、ストレス解消、
これもストレスがたまるほど仕事をしていないので、
その意味あいでも必要ない。

オヤジの場合の趣味の意義は、なんだろう?

オヤジの場合は、趣味は仕事の原動力になるとか、ストレス発散になるとかではなく、
それに熱中していると
それだけが唯一の世界になってしまう。
「聞く耳を待たない人間」になってしまう。
その世界の人と化してしまうのだ。オタクと化す?
意義不明、うーん分からない。

ただ、自分の趣味について唯一分かっていることは、「趣味と実益をかねる」ことだけは、絶対にないことだ。