自分の狩猟本能について考えてみた。

小学校の低学年ころ、レンガを箱形にくんで中にお米入れたワナをつくり、雀を取ろうとしたが、昭和30年代の雀は素早く1羽も取れなかった。

そのころの給食は、ミルクと言えば脱脂粉乳で、肉と言えばクジラだったが、雀を食べようとしていたわけではない。ただ捕まえたかっただけである。

でも、あるとき、庭で死んでいた雀(自然死)を手にしたとき、とてもひんやりとした感触を感じ、それ以来、雀捕獲の興味がうせた。

当時は、野犬が多く、公園で遊んでいると野犬に襲われ生命身体に危険を感じることもたびたびあった。

塀に上ったり、滑り台に駆け上がったりして難を逃れていたが、専守防衛だけなく、こちらも攻撃手段を講じようとパチンコを買った。

パチンコと言っても駄菓子屋につるされていたもので、今のスリングショットとかいうものとは、威力も精度もちがい、自転車の空気ゴムようなゴムの長いのに小石を挟んで飛ばすもので、すぐにゴム切れた。

装備はしたものの、相手が何もしないときはこちらから打つ気持ちになれず、相手が向かってきたときは、小石を装填する余裕もなかった。

ある日、野犬狩りが公園にやってきて、棒の先にワイヤーがついた捕獲機で、つぎつぎ捕らわれて哀しい鳴き声を立てている犬たちの姿を見たとき、ざまー見ろ、自業自得だというより、かわいそうだという気持ちが先に立った。

そして、パチンコはオヤジの装備品から消えた。

本能の芽ばえはあったようですが、ハンターとしての素質は.....