そもそも、オヤジが実銃による射撃を始めようとしたきっかけは、

近所で鴨猟ができること。鴨南蛮うどんが好きなこと。もともと銃(特にベレッタ)が好きなこと。などです。

昨晩、かみさんと狩猟の話になり、「猪や鹿は人に迷惑をかけるから打たれても仕方がないけれど、鴨は何か人間に悪いことをしたの?」と聞かれ、

「う-ん」と返事につまってしまいました。

たしか昔は、米の取り入れや乾燥が手作業だったので、米が鴨のえさになりやすかったかも知れないが、今は、取り入れ機械化されており、鴨が割り込むスキがあるのだろうか、

「う-ん、鴨肉はおいしいから」と答えました。

「だったら、わざわざあなたが撃たなくても買ってきて食べればいいじゃない」と宣う。

確かに正論。

かみさんの人に迷惑をかけるかけないで生き物の命を云々という論法は、自然環境保護団体から見ればとんでもないが、その論法で人類が発展してきたのも事実。

わざわざ、寒いところへ出かけて言って、穴あきの鴨肉を苦労して手に入れるより、食べるのが目的なら、買った方がよい。

となるとオヤジが鴨を撃ちたいのは、鴨肉を食べたいからではなく、狩猟本能がめざめたからか?

ちなみに、オヤジの父方も母方も代々、由緒正しい農民である。また、○木師匠から「鹿は、涙を流す云々」の話を聞いて思わず目がウルウルしてしまう感性の持ち主である。

狩猟本能とは、なんだろう?今、仕事中だから後で考えよう。