受け入れること
週末に16年来の友人4人で会いました。最近は1年に1度くらいしか会わないのですが、久しぶりに会っても16年前の感覚で話せるのはなんともいいものです。
その1人が数年前から人生にいろいろ思うところがあるらしく、修行僧のような生活をしているという話をしていました。どうしてそんな風になったのか、との会話に対して「気がつかなければ何でもなかったのに気がついてしまった。」そして悩んでいる、とのこと。
彼女の悩みの詳細がなんなのか分かりませんが、実は私も全く同じ感覚を17歳の時に体験しました。17歳という若僧は、世の中のすべての不幸を背負い込んだと思ったのも事実です。一旦は悩みの種を隠すことが出来たのですが、21歳の時に再び出てきました。
「受け入れること」
解決策が見えなかった私はインドに行って、インドのヨガの発祥地であるリキケシュという所にに何かを求めて行きました。そこにはインド中から仙人のような人たちがたくさん集まり修行をしていました。多くの仙人と会話をして、ある仙人から学びました。
「問題から逃げようとするから、問題になってしまう。問題を観察して、問題と共に生きていけばいい。そうすれば問題ではなくなる」
それ以来、完全に消えたわけではありませんが、悩みの種は問題ではなくなりました。それから20年近く経ちますが、この考えこそが人生で必要な一番の根本だといっても過言ではないと思っています。人間はこれを学ぶために生まれてきたと言ってもいいくらいです。
私はいろいろな人を見るとき、これを学んだ人を見て人間の強さを感じることもあれば、これを学べていない人を見て人間の弱さを感じることもあります。
これを生まれながら何も苦労することなく自然に学べる人もいれば、そうでない人にはいろいろな形で現れてくるものだと思います。私の場合は、私が相当頑固だったこともあり、17歳の私に「世の中のすべての不幸を背負い込んだ」と思わせるくらいの形で現れたのだと思います。
勝間さんの最新作に「起きていることはすべて正しい」という本がありますが、これも同じ話だと思います。
「受け入れること」
これが次に対するはじまりです。
その1人が数年前から人生にいろいろ思うところがあるらしく、修行僧のような生活をしているという話をしていました。どうしてそんな風になったのか、との会話に対して「気がつかなければ何でもなかったのに気がついてしまった。」そして悩んでいる、とのこと。
彼女の悩みの詳細がなんなのか分かりませんが、実は私も全く同じ感覚を17歳の時に体験しました。17歳という若僧は、世の中のすべての不幸を背負い込んだと思ったのも事実です。一旦は悩みの種を隠すことが出来たのですが、21歳の時に再び出てきました。
「受け入れること」
解決策が見えなかった私はインドに行って、インドのヨガの発祥地であるリキケシュという所にに何かを求めて行きました。そこにはインド中から仙人のような人たちがたくさん集まり修行をしていました。多くの仙人と会話をして、ある仙人から学びました。
「問題から逃げようとするから、問題になってしまう。問題を観察して、問題と共に生きていけばいい。そうすれば問題ではなくなる」
それ以来、完全に消えたわけではありませんが、悩みの種は問題ではなくなりました。それから20年近く経ちますが、この考えこそが人生で必要な一番の根本だといっても過言ではないと思っています。人間はこれを学ぶために生まれてきたと言ってもいいくらいです。
私はいろいろな人を見るとき、これを学んだ人を見て人間の強さを感じることもあれば、これを学べていない人を見て人間の弱さを感じることもあります。
これを生まれながら何も苦労することなく自然に学べる人もいれば、そうでない人にはいろいろな形で現れてくるものだと思います。私の場合は、私が相当頑固だったこともあり、17歳の私に「世の中のすべての不幸を背負い込んだ」と思わせるくらいの形で現れたのだと思います。
勝間さんの最新作に「起きていることはすべて正しい」という本がありますが、これも同じ話だと思います。
「受け入れること」
これが次に対するはじまりです。