今年の1月に亡くなった名指揮者、クラウディオ・アバドの生前最後の演奏会ライブが発売されました。
ブルックナー/交響曲第9番ニ短調
管弦楽:ルツェルン祝祭管弦楽団
指揮 :クラウディオ・アバド
録音 :2013年8月26日、ルツェルンKKL(原盤:Accentus Music)
アバドは1996年にウィーン・フィルを指揮して交響曲第9番ニ短調を録音しています。
両方の演奏時間を比較してみると、昨年の演奏では第1楽章、第2楽章がゆっくりになっています。
速度だけでなく、ルツェルンでの演奏は全体に角が取れた表現です。
モーツァルト管弦楽団とのシューマンほど強烈な印象はありませんが、過去の「いわゆる」ドイツ・オーストリア風のアコーギクの慣習にとらわれず、無駄な力を抜いて楽譜に語らせる傾向は同じ方針でしょう。無駄な力は無いものの、楽曲自体の力には手を抜いていません。
アバドはブルックナーの交響曲について、特定の作品を繰り返し演奏しています。
最も多いのが第1番で3回録音しています。
それ以外は、第4番・第5番・第7番・第9番で、ウィーン・フィルとはこの5曲を録音、晩年のルツェルン音楽祭では1,5,7,9番を録音して第9番が最後の録音になりました。
第8番を全く録音しなかったのは残念ですが、残された作品は夫々印象的なものです。
ウィーン・フィルとの演奏では、アバドの原典に対するストイックなアプローチで時折オーケストラとももめたようです。
それに比べ、ルツェルンでの演奏はアバドの指揮を慕う奏者達による演奏で、オールスター軍団時折聞かれるスタンドプレーもなく、真摯にブルックナーのスコアに向き合っているようです。
最後の第9番は、ゆったりした速度でアバドの思いをじっくり描き出し、ブルックナーとアバド自身の「白鳥の歌」になってしまいました。
いわゆる「ブルックナー・サウンド」とは一味違いますが、最後まで作曲者のスコアに忠実に芸術を再創造しようとしたアバドの姿勢を素直に行けとめて聴くと、この交響曲第9番の天国的な響きに心を洗われるようです。
ブルックナー/交響曲第9番ニ短調
管弦楽:ルツェルン祝祭管弦楽団
指揮 :クラウディオ・アバド
録音 :2013年8月26日、ルツェルンKKL(原盤:Accentus Music)
アバドは1996年にウィーン・フィルを指揮して交響曲第9番ニ短調を録音しています。
両方の演奏時間を比較してみると、昨年の演奏では第1楽章、第2楽章がゆっくりになっています。
| 2013年 | 1996年 | |
| 第1楽章 | 26:47 | 25:05 |
| 第2楽章 | 11:03 | 10:06 |
| 第3楽章 | 25:17 | 25:13 |
速度だけでなく、ルツェルンでの演奏は全体に角が取れた表現です。
モーツァルト管弦楽団とのシューマンほど強烈な印象はありませんが、過去の「いわゆる」ドイツ・オーストリア風のアコーギクの慣習にとらわれず、無駄な力を抜いて楽譜に語らせる傾向は同じ方針でしょう。無駄な力は無いものの、楽曲自体の力には手を抜いていません。
アバドはブルックナーの交響曲について、特定の作品を繰り返し演奏しています。
最も多いのが第1番で3回録音しています。
それ以外は、第4番・第5番・第7番・第9番で、ウィーン・フィルとはこの5曲を録音、晩年のルツェルン音楽祭では1,5,7,9番を録音して第9番が最後の録音になりました。
第8番を全く録音しなかったのは残念ですが、残された作品は夫々印象的なものです。
ウィーン・フィルとの演奏では、アバドの原典に対するストイックなアプローチで時折オーケストラとももめたようです。
それに比べ、ルツェルンでの演奏はアバドの指揮を慕う奏者達による演奏で、オールスター軍団時折聞かれるスタンドプレーもなく、真摯にブルックナーのスコアに向き合っているようです。
最後の第9番は、ゆったりした速度でアバドの思いをじっくり描き出し、ブルックナーとアバド自身の「白鳥の歌」になってしまいました。
いわゆる「ブルックナー・サウンド」とは一味違いますが、最後まで作曲者のスコアに忠実に芸術を再創造しようとしたアバドの姿勢を素直に行けとめて聴くと、この交響曲第9番の天国的な響きに心を洗われるようです。

