東安堵南方集落の北はずれの旧道三叉路に自然石の道標が立っている。



[東面]_…(右上部欠損(右orすぐ))、こいつみ、矢た、左、三井、松のを 
※2枚の写真を連結している。右最上部は欠落している。



[北面]_文字なし 



[南面]_文字なし 



[西面]_文字なし 



頭頂部。







季節によっては完全に草に覆われていることもある。



南側から。



北側から。


*   *   *   *   *   


東安堵南方集落の北のはずれ、下池西側の旧道三叉路にある。自然石の一面に「… こいつみ 矢た 左 三井 松のを」と刻み、小泉、矢田寺、三井法輪寺、松尾寺を案内している。

「こ(古)」「み(三)」「た(多)」の3文字が変体仮名で書かれている。東面の右上は欠けたのか摩耗したのか文字が消えてしまっている。おそらく「すぐ」または「右」と刻まれていたと思われるが、文字のスペース的には「右」か…。その下は「こ(古)」の下半分が辛うじて読み取れる。黒文字はおそらく後世(近年?)に塗り重ねられたものだろう。

現在は三叉路の南西角で大きなコンクリートの土台上に東向きに立っているが、元は北西角に南向きで立っていたようだ。安堵村史(1961年)の写真では三叉路の北西の角に立つ様子が見られる。角地は畑だったがその後(1980年頃か)整地されて倉庫が建てられる際に道の反対側に移されたのだろう。季節によっては草に埋もれて見えないこともある。

南北の道は、下街道の中窪田より北進し、東安堵南方と北方集落を抜けて小泉へ至る連絡道でもあり、昔はいくつか道標が立っていたと思うが、現在は途中に2基のみを確認している。道標を左(西)へ曲がるとすぐ先で古代の筋違道(太子道)の名残りの細道に入り、北上して高安から法隆寺・三井(法輪寺)、松尾寺に通じている。


*   *   *   *   *   


・各面の内容 

[東面]_…(右上部欠損(右orすぐ))、こ(古)いつみ(三)、矢た(多)、左、三井、松のを 
[他面]_文字なし 




●大きな地図で見る