雑誌・中央公論4月号に興味深い記事が載っていました。

『往復書簡 往復書簡 科学と宗教、その間の壁は破れるのか
池田大作×茂木健一郎』
です。

宗教代表として池田大作氏が、科学者代表として茂木健一郎氏が、計6通の往復書簡で相容れないとされる「科学と宗教」について論じ合っています。

結論から言うと、2人とも科学と宗教はmutual exclusiveな関係ではないとしています。
科学はあくまで学問の一つとして、宗教は行動規範の一つとして考えるべきでしょうとの立場。

以下引用です。

茂木健一郎氏『ある宗教の教義やその価値体系を信じるということが、人が生きる上で害ばかりなしてきたということはあり得ない。むしろ、人がこの何が起こるかわからない世の中を生きる上で資することが多かったからこそ、宗教は残ってきたのではないでしょうか?』

池田大作氏『人類を引き裂くドグマ主義や原理主義を超克するために、何が重要であるか。それは、何より開かれた「対話」です。「対話」は、あらゆる差異を超えて、相手を対等の尊厳をもった人格と見るところから始まります。』


そもそも何でこんな往復書簡があったのかと言うと、あるイギリス人科学者が2000年頃に痛烈に宗教を批判したからです。(誰だったかな・・)その方の主張では、
科学は間違っていたり、新しい発見があったらアップデートはたやすく人々に受け入れられるけれど、宗教は違う。正しかろうと間違っていようと、盲目的に「教義だから」と人々が信じてしまうからよくない、
みたいな内容でした。

これは宗教に判断力を預けるメリット・デメリットに集約できると思います。
・その宗教における「神様」が見ているから、恥ずかしい行いはしてはいけない
・こうあるべきだ
と、理由も考えずに従う事ができる一方で
・正しいかどうか関係なく、この宗教がそうしろというのでこうした
という、一種の思考停止状態で日々の行動に迷うことなく生活していけるのは
ある意味かなり楽だと思います。が、それってどうなんでしょう?という疑問もついてまわりますね。

この辺のことは「服従の心理」の本にも書いてあったと記憶しています。
茂木さんは色々面白い事をやりますね。

$我考う、ゆえにわれあり
(画像右側)池田 大作(いけだ だいさく、1928年1月2日 - )は、宗教家、教育者、作家、詩人。
日蓮仏法を信仰し、広宣流布を推進する宗教法人・創価学会の名誉会長、SGI(創価学会インタナショナル)会長、創価学会元会長(3代目)、公明党創設者。
山本 伸一(やまもと しんいち)、法悟空の筆名で作家活動もしている。
引用元 Wikipedia

$我考う、ゆえにわれあり
茂木健一郎
茂木 健一郎(もぎ けんいちろう、 1962年10月20日 - )は、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員、東京工業大学大学院連携教授。学位は博士(理学)(東京大学・1992年)。
引用元 Wikipedia