落語のお手軽アンチョコ | DVD放浪記

落語のお手軽アンチョコ

 

 

 

京須偕充『落語名作200席』は、200席に及ぶ落語の各演目ごとに、話の概要とそのオチや結末、聴きどころや背景解説、どの噺家の十八番なのかなどを、落語ファン(のたぶん初心者)向けに簡潔にまとめたガイドブックである。先に読んだ『歌丸 不死鳥ひとり語り』の「あたしのネタ帳」に登場する演目の概要を確認するのにも大いに役立ってくれたものだ。

『歌丸 不死鳥ひとり語り』                  

 

 

 

その歌丸の本の巻末には「ねずみ」の口演速記(2017年後半の高座より)が付録として収録されている。彫り物、細工物の伝説的名人、左甚五郎が旅先で寂れきった宿に泊まったところ、その主が零落の経緯を語り始めるのだが、話の中盤になって以下のような一節が出てくる。

 

 手前の家から四、五軒先に生駒屋という家がございます。ここの主とあたくしとは、子供のうちからの喧嘩友達でございます。ある時、生駒屋が手前どもに飛び込んできまして、『おい卯兵衛』、あ、失礼いたしました、手前、卯兵衛と申します。

 

この部分に出くわしたとき、「メインとなる宿の主の名前を後出しする結果となったのは、最初で触れそこなったためか、これはライブならではの手違いだよな」などと思っていたのだけれど、『落語名作200席』の【プロット】紹介でも以下のように記されていた。

 

 ある日、同業者で竹馬の友の生駒屋(いこまや)が尋ねてきた。おい、卯兵衛(うへえ)!

 ここまで話して、主人はまだ名乗っていなかったことに気づいた。初対面の人に名乗りもせずに身の上話とは、はしたないことだった。「あたくし、卯兵衛と申します」。恥ずかしそうに一言、話はさらに続く。

 

 

【コメント】では、この点について簡潔な解説が付されている。

 

「あたくし、卯兵衛と申します」は長い身の上話の中間点に設けた聴き手を倦かさない有効なポイントで、同時に卯兵衛の篤実な人柄を表している。ここは元祖・三木助の風味のよさに誰も敵わない。

 

 

この作品を初めて落語化して演じたのが三代目桂三木助であること、それが非常に完成度の高い仕上がりで、後継者らも大筋は三木助のままで演じているという情報も補足したうえで、

 

五代目三遊亭圓楽(さんゆうていえんらく)、九代目入船亭扇橋(いりふねていせんきょう)、桂歌丸(かつらうたまる)、立川志の輔(たてかわしのすけ)など秀演が多くある。三木助の遺風が感じられるのは扇橋と歌丸、ドラマとしてがっちり描くのは志の輔。

 

 

と、各演者の語り口についてもコンパクトにまとめているのはさすがだ。主だった固有名詞の初出時にふりがなが振られているのもありがたい。

 

落語愛好家からすれば、まずはそれぞれの演目をじっくり聴いたうえで自分なりに評価を下すのが先であって、他人の評価・蘊蓄を知識として先に仕入れてしまうのは邪道なのかもしれないけれど、私のような入門以前のお気楽初心者にとっては、ほんとうにありがたいガイドブックである。

 

私が持っている Kindle版は、もともと角川ソフィア文庫で上下2分冊となっていたものをひとつにまとめた合本版で、書籍2冊よりは若干お安くなっている。