今日の新聞に、刑事施設でのコロナウィルス対策についての記事がありました。それによると、4月に緊急事態宣言が出てから、なんと刑務作業を停止していたそうです。ただ懲役刑は「定められた作業をすること」が基本なので、恐らく作業をする工場には行かず、寝泊りする舎房で軽作業をやっていたものと思います。
というのも実は去年の夏、その前の年も熱中症対策として、刑務所独自で測った熱中症指数が、ある一定の線を越えると、工場での作業が中止になり、舎房に戻り、ひたすら折り鶴を作っていました。
私のいた所は、冷暖房が全くなく、あるのは扇風機のみでした。
今年の1月の終わりごろ、コロナウィルスが中国で出たらしい、と新聞で見るようになってから、1人一枚のマスクを毎日配られていました。その時はマスクが入手困難になるかならないかくらいの時で、刑務所側の対応はとても迅速だったのが印象的でした。
私は数年間、所内にて、木工の作業をしていました。刑務作業にもかかわらず、木工をやりたい、という人もいるくらい、人気の作業でした。しかしもちろん自分で選ぶことはできないので、10ほどある作業を、金線(刑務官の上の方の人)の人達が過去の仕事や経歴等を審査して決めていたようです。
木工の作業では木の板を切ったりボンドでくっつけたりして、貯金箱を作ったり、子供向けの家具を作ったりしていました。
作業中は雑談禁止。
どうしても話す用事があるときは
「作業上の件で、○○さんとの交談許可願います」
と申告し、よしと言われたら、手短に用を済ます。
どうしてもトイレに行きたいときは、教壇まで行くための許可をとり、一礼して便所に行く許可を取る。そしてまた一礼して行進のように歩いて向かう。
全くと言っていいほど自由がありませんでした。
なので自由がないことから、懲役刑は、自由刑とも言われるそうです。
それでもどっかに精神的な自由を求め、そんなに拘らなくてもいいだろうと自分でも思うほど、掃除に拘ってみたり、木を切ったあとのヤスリ掛けに1日使ったりしていました。
中には気さくに声をかけてくれる刑務官もいたり、所内生活が長くなると友達のように話してくれる人までいました。
それでもどんな理不尽なことであっても言われたことに従うしかありませんでした。
絶対戻りたくないっ!