学生ホメオパスだった頃に、バリバリ活躍している先輩ホメオパスから
こんな話を聞いたことがあります。

 

その方はある時、とてもお腹が痛くなり救急車で病院へ運ばれたそう。
腸捻転だったようで、すぐに開腹、手術となったそうです。

 

「その時、瞬時に判断し、それを行動に移していくお医者さんは、
私たちとは背負っているものが違うと感じた」と、
その先輩ホメオパスは話してくれました。


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代替療法に従事している者が取りがちなのが、
「木を見て森を見ないから、根本的な解決にはならない」
と、現代医療を批判することです。

 

でも病院という場所には、症状がいよいよ極まった人や待ったなしの状態の人が

わんさと押し寄せます。
「何とかしてください」
「今すぐ」
という人達に次々対応していかなくてはいけない。


そういう修羅場を経験している人からすれば、
くだんのセリフなど寝言にしか聞こえないかもしれません。

 

私なんか、洟たれ小僧です。
そもそも同じ土俵では闘えません。

 

 

 

医者の土俵からはあっさり投げ飛ばされてしまいますが、

鼻たれ小僧の私の土俵は
人の感情と身体には相関性がある」という視点から、

人の不調をみていく所にあると思ってます。


これは多くの代替療法と共通する点です。

 

そして他のどの代替療法とも異なる点は、「その不調が何に似ているか?
というところを浮かび上がらせていく所


時間がかかります。
また、そこまでクライアントさんのクセや思考の特徴や身体症状や雰囲気などを
何度も何度も何度も考察するなんて、医者はもちろん、
その方のファンでもない限りする人はいません。


でも、家族のように主観的でもなく
忙しい医者のように事務的でもない
「人間を診る」セッションは、
ホメオパスにしか出来ないことだと思っています。

 

ご縁を頂いたことで、

深く深く人間というものを考察していく。

そこで光を見つけた時が、私たちの仕事冥利に尽きる時です。

 

そうして、レメディーとのマッチングで
その方を揺さぶる共鳴を起こすことが出来たら

こだわりが消えていき、身体的なこだわりも流れ去っていく。


病気は、身体だけの問題ではないことが多いからです。
そして、「今の状態は、今までの結果」。
これに自覚的な人との、根源的なセッションが私の土俵です。