私が持っていた思い込みの一つに、
「自分よりも年上の人は、その分経験も知恵も豊富だ」
というものがありました。

 

以前ご夫婦でレイキを受講された方々がいて、ご主人は私の20歳年上
だったので「こんなに年下の私に何が教えられるというのか。。」とドキドキしながら
お教えしたことがあります。

 

ところが、修了したらその男性がおっしゃいました。
「今まであれやこれや考えていたことが、今日ので全部つながった。習ってよかった」

その時に、相手が自分よりも長く生きていらしても、レイキに時間を費やしていなかった部分は、私にお教えできることがあるんだなということに、気が付いたのです。

 

確かに、身近な年長者である実親を見ていると「年上=経験も知恵も豊富」ではない
という考えに納得される方は多いと思います。

年上の人間が必ず自分より何でも分かっていたり、人として成長している訳ではない。


なのになぜ、私たちは年上を敬うのかというと、
そういう文化があるからです。

 

一番小さな規模でいうと、育った家庭。
成長するにつれて地域や学校と範囲は広がっていきますが、
自ら求めていかない限り、自分の文化の範囲は生活圏内です。
メディアがあっても同じこと。

 

私たちが「当たり前の事。正しい事。」と思っている事は大抵
「真理」ではなくてただの「文化」なのに、
真理だと刷り込まれている人は多いですね。


そしてこれが摩擦のタネになっていることも多い。
そんな光景、よく目にしませんか?

 

 

 

「普通こうだよね?」
「○○するのが常識だよね?」
と言いたくなる時は、「普通」の範囲を確認する必要があります。