9/4にポートを体内に埋め込む手術以来「母のこと」を綴ったブログがとまっていました。




皆さま

おはようございます



心理カウンセラー


箱庭療法士の田中春菜です





ご興味がある方は、以前の投稿「母のこと」
シリーズのブログをご覧ください。
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その後ですが、、、。

母は点滴の抗がん剤治療を

 やめました。




理由は、

副作用が今までになくとても過酷で

想像以上に大変なものだったからです。


あんなにも豊かに伸びた髪の毛も

今ではほとんど抜け落ちてしまい、

鏡に映るその姿に、母自身とても

大きなショックを受けていました。


ある程度、薬の効果で

血液腫瘍マーカは安定しましたが、

副作用により、

こうして失うものもありました。



そして、とうとう治療を中断し

緩和ケアヘ移る予定です。


母はその昔、

鳥取に住んでいた義理の父と義理の母の

お世話を積極的に行っていました。


かくいう義理の母(私のおばあちゃん)は
乳がんでした。


私がまだ子どもだった頃、

手術のため、鳥取から大阪ヘ出てきた

義理の両親をうちで引き受けていた

時期があります。


おじいちゃんは目と耳が不自由だったので
介護が大変だったようです。


一方で、気さくに義理の両親のお世話をする

母のことをおじいちゃんとおばあちゃんは

とても大切にしていました。


おじいちゃんとおばあちゃんが元気な頃は

年に2・3回鳥取の家に私たちもよく

遊びに行きました。



それから月日は巡り、


今度は母が闘病することになり、

抗がん剤治療をし余命3年と宣告。


今回、治療をやめたので現在、

大動脈のリンパ節に転移しているがんが

いずれ広がり、いつどうなるかは

予測できない状況です。


そんな中、母も今度いつ

鳥取ヘお墓参りに行くことができるのか

わからない状況で、


これが最後になるかもしれない。



希望をもってもあと数回しか

鳥取ヘ行くことができないかもしれない。


私たちは急遽11.19に日帰りで
鳥取ヘお墓参りをしに帰ってきました。


それはまるで

今までとはまったく違った

味わいある帰省になりました。


未来永劫ではないことを噛みしめ、⁡

ただ尊いこの「瞬間、瞬間」を⁡
しっかりと味わうように。⁡
限られた命の時間を⁡
私たち家族は1秒でも取りこぼすことなく⁡
大切に過ごしました。⁡

セッションはMOSHよりお申し込みいただけます


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