作詞・作曲・歌:藤井風 全編曲: Yaffle
この曲を聴いたとき藤井風これ本物の天才と確信した。楽曲、歌唱の良さもさることながら、詩が秀逸すぎる。この完成度の高さに感動した。
この素晴らしさ、最近のエンタメほんと小粒と思ってきたなかに久しぶりに表れた新星にときめく気持ち。
ほかの楽曲のレベルも高いまさに2000年以降久々に誕生したスーパーアーティスト藤井風。
この曲「森羅万象」という言葉が思い浮かんだ。一つの光景を描いてるのに地球上すべてを1曲に表現したかのようなそんな果てしなさすら感じる。もはや経典レベル。
聴き手によって、何を浮かべるかは自由。この壮大さを「帰ろう」幼き日の友達と遊んで帰るその光景ひとつに全部つめこんでいるかのよう。語りすぎず、説明過ぎず、狙いすぎず、研ぎ澄まされてそぎ落とされた単純な詩の世界の広がりがすごすぎる藤井風。
特に「わたし、わたしが先に忘れよう」
もうここ。
ほかの言葉がすべて音楽に同化してここしか響かない。ほかの言葉も全部届いてるんだけどこのワードの持つ破壊力の強さの瞬間ほかがすべてただの音になるという感覚。
べつにこの詩に共感しているわけでもないし、共感もできない。
「わたし、わたしが先に忘れよう」
先に忘れてくれる人がいればきっと争いは拡大しない
そういう人のおかげで平和が維持できている
それはよくわかる
だがそれができないしそれはできない。それが人間、ということか。もう世界平和を表してる歌じゃん・・・・・・藤井風すごすぎる。
宇多田以降の天才とかいわれてるけど、宇多田もいいアーティストではあるけど彼女は歌唱の天才であって、それ以外はそんなに驚くほどではないと思う・・他と比べてレベルが高めだけれども。藤井風は圧倒的な特別な才能。ワードセンスと音楽の高い融合感覚というものが抜群
。
戦後早い段階で東京または欧米にいて欧米(笑)と交流がある環境にいた人が音楽家として活躍できたのは環境要因が大きいと思うし、その傾向はずっと続いているとは思うが、DTM隆盛してから地方民や音楽環境に恵まれず素養のない人まで活躍の場が誕生した。
後に生まれれば生まれるほど先人の作ったものを簡単に学べて高いレベルからのスタートがきれる利点がある一方目新しいものを生み出すにはもう出尽くされてる感でどうしてもぱくりっぽくなってしまうしそれが即座にばれる世の中になってるけれど(それどころか明らかにインスパイアとおりこしてぱくってるくせにひらきなおってるやつも売れてたりするからびっくり)
藤井風って時を超えた天才だと思う。
特に彼のワードセンスと昇華・消化のしかたがすごい。