先日の記事「映画「ナギダイアリー」を見たよ」の続きというか少し付け足し。ネタバレ含みます。

 

 

  三穂太郎

 

 奈義町には中世の時代に実在したと思われる菅原道真の末裔という菅原満佐(三穂大明神)をモデルとした巨人「三穂太郎」伝承があり、柳田国男もふれています。『もののけ姫』のシシ神の夜の姿は「三穂太郎」と同じく巨人で、デイダラボッチがモデルと言われています。『もののけ姫』のたたら製鉄は中国地方が有名ですが、旧美作国勝間郡の奈義町もその舞台。

 

 出産時のみるなの禁をおかした夫と赤ちゃんを残して去った妻は実は蛇体で、那岐山の蛇淵の滝で再会し、乳の替りとなる光る珠を与えて消えます。

 

 赤ちゃんの太郎は巨人となり、豊田姫との間に子をなしますが、通い先の播州の佐用姫が嫉妬により草履に針をしかけて太郎は絶命します。北大風(日本三大局地風の広戸風)は佐用姫が嫉妬による三穂太郎の息吹です。その身体が大地となる様子は『もののけ姫』のシシ神や、『わんぱく王子の大蛇退治』のラストシーンの様です。奈義町あたりの大地は三穂太郎の身体です。

大地に倒れ伏したなきがらのうち、頭は関本の里、胴体は西原の里、かいな(腕と肩)は因幡の土師、右手は梶並の里へとどまった。また血は川に、肉は黒ぼこという肥沃な黒土になり、息吹は北大風をよんだ。
(大いなる巨人の伝説 第1部,書 智,奈義町立図書館)

 

  嫉妬のモチーフ

 春樹の父・好浩に連れられて『天黒黒』を歌う友梨が遊ぶ河は、三穂太郎の母の蛇淵の滝の近くです。

三穂太郎は友梨が歌う「天黒黒」の様な「降りだしそうな暗い空」になる中で嫉妬により絶命し広戸風となります。

庄内近郷迄四五里四方雲霞満たる如くに成りけり
(大いなる巨人の伝説 第1部,書 智,奈義町立図書館)

 好浩と友梨が蛇淵の滝の河を観た後、嫉妬を経験した圭太が春樹に告げ、大人にも昨日の記事の心の嵐が起きます。

奈義町では奈良県生駒市の龍田大社の風邪の神である龍田大明神を勧請して「風鎮祭」が行われています。

龍田大社ご神紋「八重の楓」

 

 深田晃司監督作品「ナギダイアリー」を見てきました。カンヌ映画祭の評論家のレビューから予想した作風と全然違った、感情の渦と人間の心の暴風雨の様な物語を感じました。ラストシーンが終わった後に言葉にできない感慨がある作品です。

深田監督の好きな映画のように。

 

 

<<超ネタバレ>>

 

感想

 

 伝統残る山間部ナギに暮らす彫刻家寄子がモデルにと呼びよせ訪れた、寄子の弟と離婚した建築家の友梨が象徴する「東京」。友梨はナギに暮らす寄子、中学三年生の春樹と圭太、春樹の父・好浩から人間模様の秘密を"告白"される物語の軸の様な存在となります。

 

秘密

 

 寄子と早苗と好浩は幼なじみ。

寄子が友梨に語った、かつてナギで片思いした、結婚した女性の死への強い衝撃。

春樹の父・好浩が友梨に語った、寄子にのみ見せた表情の彫像のモデルの亡き妻・早苗と寄子の間にあった思い。

 

 『ノルウェイの森』にも主人公とヒロインとヒロインの自殺した恋人との間に類似したシチュエーションがあったと個人的には思うのですが、好浩は寄子と早苗の間の愛に気が付かないふりをしていたと友梨に"告白"します。

 

 一見のどかなナギの村に広戸風や自衛隊の訓練の音-遠くの国の戦乱の音も-が響くように、心の中には喪失の空虚と、友情と嫉妬が相殺して存在しているような音が響いているように思えて、性的マイノリティを待つ孤独な未来の予感に押しつぶされそうな感覚は、想像していた物語とは違っていたため戸惑いました。

 

 

  炎

 

 寄子が友梨へ好浩の友梨への好意の可能性を伝えた後、友梨は池のほとりで野焼の着火を行ない、好浩は友梨を安全な場所へと呼び寄せます。風向き次第では野辺焼の火は大変危険です。

 

 ナギのモデルで撮影地の奈義町はかつて美作国勝間郡と呼ばれ、由阿『詞林菜葉抄』第七巻"玉勝間"の条(1366年)に残された『美作国風土記逸文』には日本武尊の櫛が落とされた勝間田池の物語の地。池の畔での野焼きの火にとても強い印象をいだきました。

日本武尊の櫛といえば大嵐を沈めるため海に身を投げて犠牲となる亡き妻の弟橘姫の物語。由阿はそこから「玉勝間」は「恋の魂のあはきある櫛」と解釈しますが、一般には「籠(かご)」を指し、蓋と本体が合わさるところから「逢う」にかかります。まるで情熱の予兆のようです。

〽玉かつま逢はむと言ふは誰なるか逢へる時さへ面隠しする
(萬葉集,巻12,2916)

 

  もうふたつのナギ

 日本書紀・古事記の景行天皇の焼津の物語でも、その日本武尊が草薙剣(くさなぎのつるぎ)で草を薙いで(ないで)火打ち石で迎え火を起こし難を逃れます。天叢雲剣はこの時に草薙剣と呼ばれるようになります。

 

 寄子が壊した友梨の彫像は、好浩と友梨のなにがしかの予兆への心の「広戸風」が壊したものなのかもしれません。これまでもそして未来もずっと孤独かもしれないという予兆の風の音。その予兆が実れば、友梨はナギに留まる形にはなるのですが。

 

 その寄子の広戸風の嵐を凪ぐ(なぐ)ように、ある女性が寄子の前に出現します。春樹と春樹の父・好浩について問うので好浩の亡き妻の幻影のようです。日本武尊の弟橘姫が彼のために海に身を投げて嵐を鎮め「櫛」となった物語のように。それは夢でした。

 

 

  絵の魂

 

 好浩は春樹が描いた友梨の絵画に想いを抱く自身の二次元愛を気持ち悪いと評し、津々浦々のオタクの心をえぐります。春樹の絵コンテの彼方に亡き母への想いが表現されていて、その絵心の想いが父に何か影響を与えていたのだとしたら、友梨をモデルにとナギへ呼び寄せた寄子の想いの影に何か秘められていたとするのなら-そしてまた好浩がそれを阻む予兆がするのなら-、それは時折ナギのモデルである奈義町に吹きすさぶ「広戸風」の様に予兆が秘められるものとなりえます。

 

 

  三穂太郎 

 

中学三年生の春樹と圭太にも愛の嵐が訪れます。広戸風が吹くと子供がいなくなるという都市伝説的ネット民話のように、子供達は行方不明になりかけ父親達が探し出します。

 

 

  未来

 

 

ナギを離れようとした友梨が春樹と圭太の幼い愛に見出したような希望があるのか、友梨のナギへのもう少しの滞在が友梨と好浩と寄子にどんな未来をもたらすのかも未知のまま終わるのですが、遠くには砲撃の音が響いています。

 

暗いニュースばかりで気がめいってしまい、無理矢理映画館の中に閉じ込められる様な感じで「ちいかわ 人魚の島のひみつ」を観てきましたえー。でもとても可愛くて、それだけでなく少し深いテーマも隠されていて、前評判通りとてもいい映画だと思いましたニコニコ。パンフレットもとても可愛いです。原作・脚本・総作画監督はイラストレーターのナガノさん。(以下ネタバレが含まれます)

 

 

神話や昔話

 

可愛くゆるい物語に、昔話や神話が編み込まれています。

日本最南端地域の先島諸島の石垣島には、命を助けた人魚が明和の大津波を予言して星野村の村人を助ける民話があります。

先島諸島には龍宮の神を祀った御嶽もありますが絶対的な禁足地で島民以外の人は絶対に立ち寄ることを禁止されています。

禁足地と、立ち入り禁止の札を悪意無く倒して気が付かない内に侵入してしまう映画の主人公達のパターンは、昔話では偶にみられる禁を破るパターンです。

 

 

 

先島諸島は琉球国中山王府へジュゴンの干し肉を調として納税していました(1)(2) 。

西洋の、海の男達を美声で惑わす人魚セイレーンの設定は、映画の中で美声で蔦を操るセイレーンと人魚として反映されていました。食べると永遠の命を得られる人魚の設定も、八百比丘尼が想起されます。

Three sirens (Worksop Bestiary, Morgan Library)

"Ningyo no zu": A Flier of a Mermaid, dated 5th month of Bunka 2 (1805)

セイレーンのデザインは安産の犬張子のようでした。

 

 

人魚と南の島の水中洞窟

 

また、月の光が届く陥没穴がある水中洞窟は、鹿児島県徳之島のウンブキや宮古の下地島の水中洞窟のようです。

 

 

 

 

 犠牲と報復と戦争と

 

ストーリーは、

セイレーンが気が付かずに島民1人を背びれで殺しかけ、死にかけている島民を助ける為にもう一人の島民が人魚を撲殺してその肉を食べさせ、永遠の命を得た島民は孤独を回避するためもう一人の島民にも肉を食べさせ、報復の為にセイレーン達は島民を徐々に食べ始めたが、2人は人魚を食べた事を秘密にした。

報復の連鎖です。

 

ちいかわ達はセイレーン達を討伐に来たものの、禁足地の洞窟でセイレーン達の言い分を聞いています。

セイレーン&人魚と島民ヒトハとフタバの両方の立場を知っているのは、ヒトハとフタバ以外誰もいません。

セイレーン&人魚は最後に島民ヒトハとフタバが人魚を食べたと気が付きますが、人魚を食べた原因が自分達にある事まで気が付いてはいません。

島民達は誰がなぜ人魚を食べたのか知りませんが、セイレーン&人魚が復讐のために村人を徐々に食べているのは知っています。

 

ラッコは仲介しようとしますが、情報は足りておらず、頓挫します。最後の最後で報復が続くと示唆されますが、では、すべての事情を知った際に誰が誰をどの程度裁くのかとなると、なかなか難しい問題だと思いました。

 

友達を助けるために、気が付かずに友達を殺しかけたセイレーンのツレの人魚を撲殺していいのか?

永遠の命を本人の意志とは無関係に与えてもいいのか?

不気味なことに、ゆきゆきて神軍という映画を思い出してしまいました。

 

(1)平敷, 令治, 1975, 新城島のアカムタ・クロムタ祭祀:上地のウフプール覚書: 沖縄国際大学文学部, 55–69 p.

 

(2)中川正晴「定額人頭配賦型貢租制度と宮古・八重山悲惨の要因」『税大ジャーナル』 (3) ,国税庁.