大河ドラマをここ数年見始めているのですが、主演俳優の年齢と歴史上の人物の年齢との差を調べてみました。

 

22歳;『義経』(2005)滝沢秀明,『篤姫』(2008)宮﨑あおい,

23歳;『源義経』(1966)尾上菊之助,

24歳;『竜馬がゆく』(1968)北大路欣也,『信長』(1992)緒形直人,『葵 徳川三代』(2000)尾上辰之助,『江』(2011)上野樹里,

25歳;『武蔵』(2003)市川新之助,

26歳;『武田信玄』(1988)中井貴一,『琉球の風』(1993)東山紀之,『北条時宗』(2001)和泉元彌,『新選組!』(2004)香取慎吾,『功名が辻』(2006)仲間由紀恵,『平清盛』(2012)松山ケンイチ

27歳;『天と地と』(1969)石坂浩二,『太閤記』(1965)緒形拳,『独眼竜政宗』(1987)渡辺謙,『花燃ゆ』(2015)井上真央,『八重の桜』(2013)綾瀬はるか,『青天を衝け』(2021)吉沢亮,

 

架空の人物がモデルのドラマは除外すると最も若いのは滝沢秀明さん演じる源義経(享年30歳)と宮﨑あおいさんが演じる篤姫(享年47)ですが、最晩年の年齢差が8歳・25歳と比較的近い設定です。

 

歴史上の人物との年齢差は下記ですが、上位3つは幕末~明治維新で主人公は比較的長生きな傾向が出ると思います。

30歳以下の主演俳優が演じた大河ドラマの中で近代以前の平均寿命が短かった時期のものとしては『独眼竜政宗』(1987)渡辺謙(27歳)と『平清盛』(2012)松山ケンイチ(26歳)が最も年齢差が大きい大河ドラマです。

 

64歳;『青天を衝け』(2021)吉沢亮(27歳)渋沢栄一(1840~1931),

59歳;『八重の桜』(2013)綾瀬はるか(27歳)新島八重(1845~1932),

51歳;『花燃ゆ』(2015)井上真央(27歳)杉文(1843~1921),

41歳;『独眼竜政宗』(1987)渡辺謙(27歳)伊達政宗(1567~1636),

38歳;『平清盛』(2012)松山ケンイチ(26歳)平清盛(1118~1181),

37歳;『武蔵』(2003)市川新之助(25歳)宮本武蔵(1584~1645),

35歳;『功名が辻』(2006)仲間由紀恵(26歳)千代(1557~1617),

34歳;『太閤記』(1965)緒形拳(27歳)豊臣秀吉(1537~1598),

 

 

# タイトル 放送期間 主人公 主演 年齢 主人公享年 年齢差 性別
1 花の生涯 1963年 井伊直弼 尾上松緑 50 44 -6
2 赤穂浪士 1964年 大石内蔵助 長谷川一夫 55 45 -10
3 太閤記 1965年 豊臣秀吉 緒形拳 27 61 34
4 源義経 1966年 源義経 尾上菊之助 23 30 7
5 三姉妹 1967年 栗原小巻 21    
6 竜馬がゆく 1968年 坂本龍馬 北大路欣也 24 31 7
7 天と地と 1969年 上杉謙信 石坂浩二 27 49 22
8 樅ノ木は残った 1970年 原田甲斐 平幹二朗 36 52 16
9 春の坂道 1971年 柳生宗矩 中村錦之助 38 76 38
10 新・平家物語 1972年 平清盛 仲代達矢 39 64 25
11 国盗り物語 1973年 斎藤道三 平幹二朗 39 52 13
11 国盗り物語 1973年 織田信長 高橋英樹 28 49 21
12 勝海舟 1974年 勝海舟 渡哲也 32 75 43
12 勝海舟 1974年 勝海舟 松方弘樹 31 75 44
13 元禄太平記 1975年 柳沢吉保 石坂浩二 33 57 24
14 風と雲と虹と 1976年 平将門 加藤剛 37 38 1
15 花神 1977年 大村益次郎 中村梅之助 46 44 -2
16 黄金の日日 1978年 呂宋助左衛門 市川染五郎 35    
17 草燃える 1979年 源頼朝 石坂浩二 37 51 14
17 草燃える 1979年 北条政子 岩下志麻 38 68 30
18 獅子の時代 1980年 平沼銑次 菅原文太 46    
18 獅子の時代 1980年 苅谷嘉顕 加藤剛 41    
19 おんな太閤記 1981年 ねね 佐久間良子 41 76 35
20 峠の群像 1982年 大石内蔵助 緒形拳 44 45 1
21 徳川家康 1983年 徳川家康 滝田栄 32 73 41
22 山河燃ゆ 1984年 天羽賢治 松本幸四郎 41    
22 山河燃ゆ 1984年 天羽忠 西田敏行 36    
23 春の波涛 1985年 川上貞奴 松坂慶子 32 75 43
24 いのち 1986年 岩田未希 三田佳子 44    
25 独眼竜政宗 1987年 伊達政宗 渡辺謙 27 68 41
26 武田信玄 1988年 武田信玄 中井貴一 26 53 27
27 春日局 1989年 春日局 大原麗子 42 64 22
28 翔ぶが如く 1990年 西郷隆盛 西田敏行 42 49 7
28 翔ぶが如く 1990年 大久保利通 鹿賀丈史 39 47 8
29 太平記 1991年 足利尊氏 真田広之 30 52 22
30 信長 1992年 織田信長 緒形直人 24 49 25
31 琉球の風 1993年 楊啓泰 東山紀之 26    
32 炎立つ 1993年 藤原経清 渡辺謙 33    
33 花の乱 1994年 日野富子 三田佳子 52 57 5
34 八代将軍吉宗 1995年 徳川吉宗 西田敏行 47 66 19
35 秀吉 1996年 豊臣秀吉 竹中直人 39 61 22
36 毛利元就 1997年 毛利元就 中村橋之助 31 74 43
37 徳川慶喜 1998年 徳川慶喜 本木雅弘 32 76 44
38 元禄繚乱 1999年 大石内蔵助 5代目中村勘九郎 43 45 2
39 葵 徳川三代 2000年 徳川家康 津川雅彦 60 73 13
39 葵 徳川三代 2000年 徳川秀忠 西田敏行 52 52 0
39 葵 徳川三代 2000年 徳川家光 尾上辰之助 24 46 22
40 北条時宗 2001年 北条時宗 和泉元彌 26 32 6
41 利家とまつ 2002年 前田利家 唐沢寿明 38 60 22
42 武蔵 2003年 宮本武蔵 市川新之助 25 62 37
43 新選組! 2004年 近藤勇 香取慎吾 26 33 7
44 義経 2005年 源義経 滝沢秀明 22 30 8
45 功名が辻 2006年 千代 仲間由紀恵 26 61 35
46 風林火山 2007年 山本勘助 内野聖陽 38 69 31
47 篤姫 2008年 篤姫 宮﨑あおい 22 47 25
48 天地人 2009年 直江兼続 妻夫木聡 28 60 32
49 龍馬伝 2010年 坂本龍馬 福山雅治 40 31 -9
50 2011年 上野樹里 24 54 30
51 平清盛 2012年 平清盛 松山ケンイチ 26 64 38
52 八重の桜 2013年 新島八重 綾瀬はるか 27 86 59
53 軍師官兵衛 2014年 黒田官兵衛 岡田准一 33 59 26
54 花燃ゆ 2015年 杉文 井上真央 27 78 51
55 真田丸 2016年 真田信繁 堺雅人 42 49 7
56 おんな城主 直虎 2017年 井伊直虎 柴咲コウ 35    
57 西郷どん 2018年 西郷隆盛 鈴木亮平 34 49 15
58 いだてん 2019年 金栗四三 6代目中村勘九郎 37 92  
58 いだてん 2019年 田畑政治 阿部サダヲ 48 85  
59 麒麟がくる 2020年 明智光秀 長谷川博己 42 67 25
60 青天を衝け 2021年 渋沢栄一 吉沢亮 27 91 64
61 鎌倉殿の13人 2022年 北条義時 小栗旬 39 62 23
62 どうする家康 2023年 徳川家康 松本潤 39 73 34
63 光る君へ 2024年 紫式部 吉高由里子 35    
64 べらぼう 2025年 蔦屋重三郎 横浜流星 28 47 19
65 豊臣兄弟! 2026年 豊臣秀長 仲野太賀 32 50 18
66 逆賊の幕臣 2027年 小栗忠順 松坂桃李 38 42 4

鎌倉幕府を開いた源頼朝は大将軍の称号を希望し、朝廷側は征夷大将軍は坂上田村麻呂の嘉例があるとして任命したそうです。決定者は九条兼実と推定されているようです。

坂上田村麻呂の嘉例があるからだけなのだろうかと、以前作成した百済王氏と日本の支配者階層との系図(間違えもあると思われますので参考程度で)で確認してみたのですが、清和源氏は桓武天皇と坂上田村麻呂の娘の坂上春子の葛井親王の子孫であるという母系の血縁の要素も要因に入れて良いのではないかと感じました。「先祖ゆかり」の称号です。源頼朝が「大将軍」を希望した際に、「征夷大将軍」が彼の先祖ゆかりの称号として選定される事を、もしかしたら予め予見した上での「大将軍」の所望だったのかもしれませんが。母系の血筋からの征夷大将軍を選択する事は、母系の血縁で源氏とつながる九条家としては好ましい選択だともいえます。

それを後で足利尊氏や徳川家康が系譜をさわって征夷大将軍と清和源氏とを結びつけて利用したのでしょうか。

九条兼実の息子である九条良経の妻は源頼朝の妹である坊門姫の娘、その息子である九条道家の妻の西園寺掄子は、西園寺公経の妻となった坊門姫の娘の全子の娘。鎌倉幕府4代将軍藤原頼経は、その九条道家と西園寺掄子の間に生まれています。

母系の血脈で王権とつながる藤原氏は興味深いです。

源氏と征夷大将軍と坂上田村麻呂

オオツタノハの貝輪は貝貨?

以前のURL

大河ドラマを最近観るようになったのですが、通説と科学的に精査された歴史学の知見の差異についての考察等を読んでも歴史小説に触れてこなかったので通説の方を知らず、なかなか話題についていけませんでした。最近歴史系の番組をちょくちょく見る様になったのですが、先日、縄文時代のオオツタノハ製の貝輪についての忍澤成視さんのとても興味深い研究について放映されていました。(貝の写真はツタノハ貝(Jan Delsing, Public domain)です)

オオツタノハ

畿内を除いて北海道から沖縄までみられるオオツタノハの貝輪ですが、オオツタノハ貝(Patella optima (Pilsbry, 1907))は伊豆諸島、屋久島以南で採取される暖かい海で生息する貝で、縄文時代の住民にとっては遥か彼方の場所の貝です。(生物多様性研究・教育を支える広域データベース https://bishogai.com/pic_book/data34/r003313.html)

縄文時代のオオツタノハ製貝輪の出土分布

東日本:北海道3遺跡4点、岩手県3遺跡4点、宮城県9遺跡26点、茨城県10遺跡42点、千葉県31遺跡73点、埼玉県2遺跡4点、東京都6遺跡43点、神奈川県6遺跡6点、静岡県3遺跡4点、富山県1遺跡1点、愛知県5遺跡29点、
畿内にはみられず
西日本:岡山県2遺跡2点、福岡県1遺跡1点、佐賀県2遺跡12点、長崎県1遺跡4点、熊本県1遺跡1点、鹿児島県23遺跡333点、沖縄県21遺跡76点
となっているようです。東日本は伊豆諸島、西日本は南西諸島が原産と考えられているようです。(田嶋,正憲. (2021). 南海産オオツタノハ製貝輪の分布圏から見た彦崎貝塚出土資料の評価. 半田山地理考古, 9, 49–80. https://doi.org/10.34552/00002557)。

縄文海進と海水温-松島義章先生の研究

貝類群集の調査による縄文海進時期の古水温について一木絵理博士の学位論文で"図3-10"として引用された松島義章先生の図(松島義章. 2004. 企画展ワークテキスト「+2℃の世界~縄文時代に見る地球温暖化~」神奈川県立生命の星・地球博物館編.)がとてもわかりやすかったのですが、だいたい7000年前~4500年前くらいの時期は三浦半島北限で熱帯種の貝類の分布がみられていたようで(1950年の北限は紀伊半島)、その時期「暖流は緯度で3~6度北上し、水温は3~5°上昇した。」とのことです(一木. (2012, March 22). 日本における縄文海進の海域環境と人間活動. Thesis. https://doi.org/10.15083/00005598)。縄文海進が起きた理由はとても複雑なようです(日本第四紀学会HP http://quaternary.jp/QA/answer/ans010.html)。

縄文海進時期は現在よりは南の海の貝は北方でもみられたようですが、それでも居住地域からはかなり遠方であったことには変わりありません。

希少性と威信性と貨幣と貝貨

貝や石が貨幣として機能する文化が知られています。ミクロネシア・ヤップ島の石貨フェイは「ヤップ島から400km以上離れたパラオ島で切り出し、カヌーで運んできたもの」で、その希少性と威信性から価値を保持し続け、貨幣自体が移動しないで交換を成立させています(お金の話あれこれ(2) お金をいろいろ比べてみたら. . . : 日本銀行 Bank of Japan. (n.d.). In 日本銀行ホームページ. https://www.boj.or.jp/about/education/arekore2.htm#p02)。

パプアニューギニア・イーストニューブリテン州のガゼル半島北東部に住むトーライの人々の伝統的通貨は「タブ」は居住地周辺では採取できない貝のムシロガイ製で、入手困難性がインフレ抑止機能を持つと書かれています(深田,淳太郎. “パプアニューギニア、トーライ社会における貝貨タブをめぐる現在の状況.” くにたち人類学研究 1 (May 1, 2006): 1–22. https://hdl.handle.net/10086/15636.)。

オオツタノハ製貝輪も、その希少性から金貨や金製品の装飾品の様な通貨としての機能-交換機能や財の保管の機能-を持っていたと考える事はできないでしょうか。